デルタグマA/D変換メリット

概要

ナショナルインスツルメンツでは、センサを直接計測できる信号調節機能内蔵NI SC Expressを含む多くの高性能データ集録(DAQ)デバイスに、24ビットデルタシグマA/Dコンバータ(ADC)を搭載しています。それによりデルタシグマADCのノイズシェーピングとフィルタリングが可能となり、最大限の精度で高分解能計測を実現することが可能となっています。この技術資料では、ソフトウェアでフィルタ遅延を自動的に補正するためのデルタシグマADCアーキテクチャとSC Expressを利用するアプローチについて解説します。

内容

デルタグマADCアーキテクチャ

デルタシグマ(シグマデルタともいう)ADCのハードウェアアーキテクチャでは、インテグレータ、コンパレータ、1ビットD/Aコンバータ(DAC)が図1に示すようにネガティブフィードバックループに配列されています。インテグレータ回路には、入力信号とDACの反転された出力の合計が取り込まれます。インテグレータの出力は、傾きが入力に比例しているランプ信号です。インテグレータ出力は、コンパレータ基準信号との比較結果で0または1を生成します。コンパレータのバイナリ出力は、ADCオーバーサンプルクロックFoversampleの各エッジで、デジタルデシメーションフィルタに対しクロック信号が送られます。各ビットは、コンパレータ基準に対するインテグレータのランプ出力の方向を表し、複数回の反復後、ビットストリームは入力信号の量子化された値と似たものとなります。フィードバックループは、原則としてDACの平均出力が入力信号と同じになるように動作します。デジタルデシメーションフィルタは、ビットストリームを平均化して、必要なサンプルレートFsでnビットサンプルを出力します。

adcArchitecture

図1. デルタシグマ(Δ -∑)ADCはインテグレータ、コンパレータ、1ビットDACで構成されます。

デルタグマ他のコンバータ技術相違点

デルタシグマADCが他と異なるのは、デシメーションフィルタと併せて使用するオーバーサンプリングと、量子化ノイズシェーピングです。

オーバーサンプリング

デルタシグマADCは、たとえば128倍など、特定の信号のナイキストレートに対し十分な倍数のサンプリングレートを使用します。たとえば、25 kHzの信号をサンプリングするには、ナイキストレート (50 kHz以上) より高いサンプリングレートで十分です。しかし、オーバーサンプリングレートが128であるデルタシグマADCは、ナイキストレートよりも大幅に高い周波数で信号をサンプリングします。この方法は、アンチエイリアス性や分解能の向上など、いくつかのメリットがあります。

周波数領域では、信号をサンプリングすることで、サンプルレートFs(0、Fs、2Fs、3 Fsなど)の倍数であるキャリア周波数により、入力信号スペクトルが効果的に変調されます。そのような変調された入力信号スペクトルがオーバーラップしてエイリアスを引き起こさないように、サンプルレートは信号の最大周波数成分の2倍(2Fmax)超、つまりナイキストレートでなくてはなりません。逆に、入力信号の周波数成分がFs /2、つまりナイキスト周波数を超える場合、それらの成分はナイキスト周波数以下でアイリアス化する可能性があります。そのためエイリアスの中から検出対象の信号を見つけるのは困難です。このエイリアスは、ノイズと信号歪みという形で現れます。

エイリアスを防ぐため、データ集録デバイスのアナログフロントエンドでは、ADCによるサンプリングの前に、ナイキスト周波数を超える周波数成分を減衰させるアナログローパスフィルタをしばしば使用します。そのようなフィルタには厳しい要件があります。急激なロールオフとフラットなパスバンドといったレンガ壁のような形状の特性が求められます。そのような制約があるほか、アナログ回路として実装することも必要なため、設計が複雑で製造にはコストもかかります。

 

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図2. オーバーサンプリングによってアナログアンチエイリアスフィルタの要件が緩和されます。

デルタシグマADCは、図2に示すように入力信号をオーバーサンプリングすることで、アナログアンチエイリアスフィルタに求められる要件を緩和します。変調された入力信号スペクトルは、オーバーサンプリングによって周波数領域でさらに分離され、徐々にロールオフするフィルタ特性が可能となるため、アナログアンチエイリアスフィルタの作成が大幅に簡素化されます。デルタシグマADCは主にデジタルコンポーネントで構成されているため、さらに簡単です。主としてデジタル構造となっていることでシリコンでの実装が可能なため、大規模統合のVLSI技術の進歩を活用することができます。

デジタルシメションフィルタ

デルタシグマ変調器からのビットストリームは、デジタルデシメーションフィルタに出力されます。デジタルデシメーションフィルタは、平均化とダウンサンプリングを行い、希望のサンプルレート、Fsでnビットのサンプルを生成します。この平均化プロセスを実施すると、周波数領域で信号がローパスフィルタ処理される効果があり、量子化ノイズが減衰し関心帯域からエイリアスが除去されます。このデシメーションフィルタは、通常パスバンドで極めてフラットな周波数応答を示し位相誤差はなく、カットオフ周波数付近(サンプルレートFsの約0.49倍)で鋭くロールオフし、ストップバンドにおける除去性能が優れているため、非常に効果的なアンチエイリアス機能が発揮できるよう開発されています。デジタルデシメーションフィルタは、デシメーションの実装が低コストで行えるくし型フィルタなど、通常有限インパルス応答(FIR)フィルタとして実装されます。

量子ノイズピング

アナログ信号をデジタル信号に変換すると、量子化ノイズと呼ばれるノイズが信号に発生します。デジタルサンプル1つにつき、ノイズは±1/2 LSBとなります。LSBが低いほど、ADCの分解能は高くなります。分解能が高いということは、量子化ノイズが低く、S/N比(SNR)が高いことを意味します。ADC分解能とSNRの関係性を捉えたこの古典的方程式を方程式1に示します。ここでNはADCの分解能の有効ビット数です。

SNR = 6.02N + 1.76 dB   (方程式1)

ただし、それで終わりではありません。図3に示すように、デルタシグマADCは、信号に対してはローパスフィルタ、量子化ノイズに対してはハイパスフィルタとして動作するため、ノイズは高周波数領域に追いやられます。この現象は量子化ノイズシェーピングと呼ばれるもので、変調器の出力を効果的にローパスフィルタ処理して量子化ノイズを除去するデジタルデシメーションを導入することでメリットが得られます。関心周波数帯域のノイズパワーを低減すると、ノイズフロアが大幅に低くなることで、SNRが向上しダイナミックレンジが拡張します。

オーバーサンプリングによるSNRの向上は、方程式2で表すことができます。ここでFsはサンプルレート、Kはオーバーサンプル倍数、BWは入力信号の帯域幅を示しています。SNRが向上すると、ADC分解能の有効ビット数が大きくなります。

SNR = 6.02N + 1.76 + 10log (KFs /2BW) dB(方程式2)

図3は、デルタシグマADCの主要なメリットの1つである量子化ノイズシェーピングを示しています。

 

quantizationNoiseShaping

図3. オーバーサンプリングによる量子化ノイズシェーピング

デルタグマコンバータ搭載したNIデータ集録ハードウェア

ナショナルインスツルメンツでは、信号調節機能を内蔵しセンサの直接計測が可能な多くの高性能DAQデバイス(SC Express、PXIダイナミック信号集録(DSA)デバイス、NI Cシリーズ)に、24ビットデルタシグマADCを内蔵しています。それによりノイズシェーピングとフィルタリングが可能となり、最大限の精度で高分解能計測を実現することが可能となりました。

SC Expressファミリでは、NI PXIe-433xブリッジ入力モジュールが24ビットデルタシグマADCを搭載しているため、高精度の同時サンプリング歪みゲージ計測およびホイートストーンブリッジ計測を行うことができます。それらのデバイスは、構造テストアプリケーションで歪み、負荷、圧力計測によく使用されています。NI PXIe-4353は、24ビットデルタシグマADCを利用して、高精度のマルチプレクス熱電対計測を実行します。熱電対モジュールは、温度室モニタリングといったアプリケーションに使用する多チャンネルデータ集録システムなど、様々な規模の多様なアプリケーションに使用されています。

DSAファミリ製品のNI PXI-446x、PXI-447x、PXI/PXIe-449x、USB-443xは、高性能の24ビットデルタシグマADCを搭載しています。それらのデバイスは、オーディオ信号解析や音響/振動/モーダル解析など、同時サンプリングや高ダイナミックレンジ(約110 dB)、エイリアスフリーの広帯域幅(DCからサンプルレートFsの約0.45倍)を必要とする全てのアプリケーションに適しています。

さらに、多くのCシリーズモジュールには24ビットデルタシグマADCが搭載されていますので、熱電対(NI 9211、9213)、RTD(NI 9217)、高電圧・電流(NI 9225、9227、9229、9239)、DSA(NI 9233、9234)、ブリッジベース計測(NI 9235、9236、9237)、汎用(NI 9219)など、多彩なアプリケーションで極めて精度の高い計測が行えます。

SC Expressデジタルフィルタ遅延補正

他のコンバータ技術と同様に、デルタシグマADCは自走式なので、ADCへの入力信号はトリガ状態にならなくても連続的にサンプリングされます。さらに、デジタルデシメーションフィルタによる処理プロセスのため、入力信号がデジタルサンプルに変換されるまでに遅延が生じます。この遅延は、トリガを受信する前に入力信号が集録したサンプル数で表します。また補償を行う必要性は、デジタルトリガとアナログトリガのどちらを使用しているかによって決まります。

NI PXIe-433xからデータを集録し、そのデータを他のモジュールからのデータと相関させるプロセスを簡素化するため、NI PXIe-433xではこのグループ遅延の補償を複数の方法で行うことができます。

  • NI PXIe-433xからのサンプルクロック出力は、ADCの入力ピンで入力信号が有効になった時点で生成されます。データを集録する際、NI PXIe-433xはサンプルクロックを生成した後、そのサンプルクロックに関連するデータが集録されるのを待ってからデータを返します。このため、このサンプルクロックを基にした他の集録は全てNI PXIe-433xが返すデータと時間的に一致します。
  • NI PXIe-433xが生成または受信した全てのトリガは、生成されたサンプルクロックとの関連性を基に解釈されます。例えば、集録を開始する開始トリガが発行されると、次のサンプルクロックからのデータが集録の開始ポイントとして返されます。
  • オンデマンドのソフトウェアタイミング集録では、NI PXIe-433xはグループ遅延の時間が経過してからサンプルを返します。そのため、データ返還とデータ要求は時間的に近くなります。ただし、グループ遅延時間が経過するまでこのサンプルは利用できません。

そのような点に注意することで、プログラミングを追加で行わなくてもNI PXIe-433xを他のデバイスと簡単に同期することが可能となります。

デルタグマADC計測パフォーマンス向上

デルタシグマADCは、オーバーサンプリング、デシメーションフィルタ、および量子化ノイズシェーピング機能を搭載することで、高い分解能と優れたアンチエイリアスフィルタリングを実現します。ナショナルインスツルメンツのSC Express、DSA、Cシリーズセンサ計測デバイスの多くは、高性能計測を実現する24ビットデルタシグマADCを搭載しています。