プラズマ研究小型トカマク装置、監視・制御システムCompactRIOLabVIEW実現

Paul Apte, Tokamak Energy

"NI製品採用したことによってセットアップ作業全体簡素した。多くメーカーハードウェアソフトウェア迅速組み合わせて、非常コンパクト性能費用効果トカマク装置構築することできした。"

- Paul Apte, Tokamak Energy

課題:

核融合を利用した発電システムの開発を促進するために、世界中の約300のプラズマ研究施設向けに、磁気閉じ込め方式の核融合の研究に利用可能な費用対効果の高い小型トカマク装置を構築する。

ソリューション:

NI CompactRIOとNI LabVIEWを使用して、小型トカマク装置用の強力な制御システムとデータ集録システムを開発する。それにより、プラズマ物理学の研究施設において、研究の促進に必要な技術に低コストかつ容易にアクセスできるようにする。

 

世界の電力需要は年間5%の割合で増加し続けています。このことから、核融合を利用した発電システムに対する期待が高まっています。実際、世界中で核融合エネルギーの研究開発に投入される資金は年間約30億米ドル(約3080億円)にも上ります。そして、核融合の研究に科学的に真摯に取り組むには、最新の磁気技術を活用したトカマク(Tokamak)装置が必要になります。私たち(Tokamak Energy社)は、世界中の約300のプラズマ研究施設において、中性子源として、またプラズマの研究装置として使用可能な小型/球状のトカマク装置を開発しています。

 

私たちは、フル機能の小型トカマク装置の初期プロトタイプ( ST25)を構築しました。核融合による発電の普及という大きな目標に向けて、そのための研究開発を促進する可能性を秘めるものです。JET(Joint European Torus: 欧州トーラス共同研究施設)やITER(国際熱核融合実験炉)といった大規模な施設で行われる実験では、核融合に関する主だった研究課題が取り上げられます。それに対し、小型トカマク装置では、比較的細かい数多くの課題に対処することができます。また、装置自体が小型であるため、小さな部品を使って迅速に構築できるという利点もあります。

 

ITERの構築には、150億米ドル(約1.5兆円)を大きく上回るコストがかかると見積もられています。それに対し、小型トカマク装置であるST25は、数百万米ドル(数億円)のコストで構築して稼働させることができます。私たちは、核融合に関する迅速かつ着実なイノベーションを促す研究装置を提供し、メインストリームの研究開発を補完することを目的としています。

 

 

システム概要

トカマク装置は、磁場を利用してトーラス状にプラズマを閉じ込めるというものです。プラズマの安定した放射を実現するには、トーラスの周囲をらせん状に囲む磁場が必要になります。これは、トーラスの垂直軸を周回するトロイダル磁場と、トーラスの中心軸を周回するポロイダル磁場を組み合わせることによって実現されます。

 

プラズマの温度は数百万℃にも達することがあります。そのため、どれだけ頑丈な壁面であっても溶融の可能性を排除できません。このような理由から、磁場によるプラズマの閉じ込めは不可欠です。トカマク装置内では、トーラスを囲む電磁石によって、トロイダル磁場とポロイダル磁場を生成します。また3つ目の電磁石であるソレノイドにより、プラズマ中にトロイダル方向に流れる電流を誘導します。このようなプロセスによってプラズマを電離して加熱します。

 

ST25では、IGBT(絶縁ゲートバイポーラトランジスタ)によって容量値が1 Fの8個のコンデンサをスイッチングすることで、トカマクの周囲に巻きつけられた銅線に対して放電を行います。このときの電流値は、必要とされるキロアンペアのレベルにまで達します。これにより、磁束密度が0.2 Tのトロイダル磁場が生成されます。また、別の高電圧コンデンサ群によって給電を行うことでポロイダル磁場も生成されます。これら2つの磁場とソレノイドコイルを組み合わせることにより、10 kA~20 kAのプラズマ電流が誘導されます。2つの磁場の磁束と電流は、コンデンサを追加することによって増やすことが可能です。またプラズマは、出力が3 kWのマグネトロンの長パルス動作によって生成される周波数が2.45 GHzのマイクロ波によっても電離/駆動されます。プラズマは、放電と同期をとって動作する圧電バルブから水素ガスを注入することによって維持します。必要に応じて別のガスを添加することも可能です。

 

 

設計実装

ST25では、ナショナルインスツルメンツ(NI)のグラフィカルシステム開発ソフトウェアであるLabVIEWと、再構成が可能な制御/監視システムであるCompactRIOによって、プラズマの制御とデータの集録を行います。またプラズマの放射の様子は、PCI Expressに対応するNIフレームグラバで撮影します。LabVIEWは非常に知名度の高いツールであり、Big Physics(大型実験装置を必要とする物理学)の業界でも広く利用されています。NIのソリューションを選択したのは、LabVIEWであれば、確立されたコミュニティから大きなサポートが得られると考えたからです。

 

また、LabVIEWを使用すれば、CompactRIOのプラットフォームとサードパーティ製のハードウェアとソフトウェアをシームレスに統合することができます。このことが、LabVIEWを採用する決め手になりました。ST25のシステムは、CompactRIOとNIフレームグラバ(PCIe-1433)に加えて、システムの連動と安全性を確保するためのSiemens社製のPLC(Programmable Logic Controller)、データの解析に使用するThe MathWorks社のMATLAB®、プラズマに含まれる水分、ガスなどの不純物、汚染物質について分析するためのOcean Optics社製の分光器、さまざまな真空ポンプ用のコントローラ、圧力ゲージを搭載しています。これらサードパーティ製のデバイスをシステムに組み込むうえでは、NIのウェブサイトで提供されているさまざまな計測器ドライバが役に立ちました。

 

ST25では、2つのCompactRIOを使用して、独立した2つの部分の処理を実行します。1つ目のCompactRIOは、トカマク装置の容器周囲に取り付けられた電圧ループとコイルからのデータの収集に使用します。これにより、容器内のプラズマの状態と位置を把握することができます。また、フォトダイオードからの信号をデジタルデータに変換し、プラズマの継続時間と密度の測定を行います。このシステムとネットワーク接続された2つ目のCompactRIOは、プラズマ放射の安定性を維持するために、IGBTでスイッチングされるコンデンサ群からコイルへの放電の同期を管理します。また、プラズマ室への水素注入の管理も行います。波形データを集録し、信号を処理して、プラズマの放射を適切に制御するには、高速なシステムが必要です。その点、CompactRIOとLabVIEW FPGAモジュールはこのアプリケーションに最適でした。FPGAを使用すれば、IGBTをはじめとする各種デバイスのトリガを制御し、プラズマの放射をマイクロ秒精度で開始することができます。また、LabVIEWとCompactRIOを採用したことから、カスタムチップを使うのと同等の処理速度を実現しつつ、ソフトウェアベースの手法による再構成が可能になりました。

 

フレームグラバのPCIe-1433は、 NI-IMAQドライバを使用して、モニタリングと放射解析のために1000フレーム/秒を超える速度で動画を集録します。撮影には、Camera Linkに対応するBASLER社aceシリーズのカメラ(acA2000-340kc)を使用しました。集録の設定はNI-IMAQドライバによって簡単に行えます。また、動画ファイルは容易にAVIフォーマットに変換できます。

 

システム全体は、LabVIEWが稼働するマスタPCによって制御します。マスタPCは、CompactRIOベースのシステムと動画の集録部にネットワーク接続されます。また、NI-VISARS-232のリンクによってPLC、分光器、監視カメラにも接続されています。ST25はファラデーケージに収容し、安全な場所から制御します。

 

今後開発予定

ST25は、新たなトカマク装置であるST25(HTS)を設計するための基礎となりました。現在、私たちはOxford Instruments社と共同で、高温超伝導体(HTS:High-temperature Superconductor)から成る磁石を採用した世界初のトカマク装置の開発/実証に取り組んでいます[VS1]。ST25で使用したコードは、ST25専用に新たに開発したものです。ただし、このコードはST25(HTS)で再利用できますし、将来的にも繰り返し再利用することが可能です。これは、NIのグラフィカルシステム開発がもたらす最大級のメリットです。開発した小型トカマク装置は、学生でも容易に使用することができます。また、研究者によるプラズマ・核融合科学に関する画期的な研究を強力に支援します。具体的には、超伝導磁石のエネルギー散逸の少なさを活かし、非常に温度が高いプラズマの長パルス化を実現することができます。

 

設計簡素化、時間短縮

ネットワーク接続されたCompactRIOを採用したことによって、制御システムとデータ集録システムの設計を簡素化することができました。CompactRIOを使用していなければ、レイアウトや配線はもっと複雑で、実装にはもっと時間がかかったはずです。この設計はスケーラブルであり、より大規模で複雑なデバイスの制御にも適用可能です。この点もメリットの1つであると言えます。

 

NIの製品を採用したことによってセットアップ作業が全体的に簡素化されました。多くのメーカーのハードウェアとソフトウェアを迅速に組み合わせて、非常にコンパクトで性能が高く費用対効果に優れたトカマク装置を構築することができました。ST25は6ヶ月未満の開発期間で構築することができました。そのうち、制御システムの計画と実装に費やしたのは約3ヶ月です。実際に動作するこのプロトタイプによって、短期間で有望な結果を得ることができました。

 

LabVIEWとCompactRIOを採用した結果、組込エレクトロニクスを専門とする技術者がいなくても、スケーラブルな分散組込制御システムとデータ集録システムを構築することができました。プロジェクトの規模と複雑さが増大しても、HTS磁石の制御、プラズマの制御、高度な診断を実現する各システムの実装に工学物理学者が密接に関われるよう、このアプローチを採用し続けたいと考えています。

 

MATLAB®は、The MathWorks, Inc.の登録商標です。

 

最新情報

現在、ST25のHTS版であるST25(HTS)の受託開発を行っています。これは、HTSを全面的に採用した世界初のトカマク装置になる予定です。低温プラズマの放射を長時間(数分から数時間)維持した連続運転が可能になる見込みであり、核融合温度に対応できる高磁場装置の未来を切り拓くものになると考えています。

 

現在、素晴らしい成果が期待されるこのプロジェクトは計画と設計の段階にあります。ST25によって得られた成果を基盤とし、NIのソフトウェアとハードウェアを最大限に活用して、世界中により大規模なトカマク装置を構築していくことになるでしょう。

 

著者情報:

Paul Apte
Tokamak Energy
Tokamak Energy, Culham Innovation Centre, D5 Culham Science Centre
Abingdon OX14 3DB
United Kingdom
Tel: 01865 536 6060
p.apte@rideosystems.co.uk

ST25の内部でプラズマ放射が生じている様子
ST25
LabVIEWで実現したプラズマの放射制御用フロントパネル