可変パルス自動圧縮システム

川上 洋平 氏, 東北大学

"FROG計測プログラムおよび可変制御プログラム開発した時間1日、自動最適化プログラム開発した時間1週間程度あり、極めて迅速システム構築することできた。"

- 川上 洋平 氏, 東北大学

課題:

• 光パルス圧縮器のパーツを、固定型のパーツ(プリズム対など)から動的制御型のパーツ(可変鏡)に変更し、その制御プログラムを作成する。 • 光パルス圧縮の過程、すなわち位相制御を自動化する。

ソリューション:

光パルス圧縮システム(可変鏡)、光パルス評価システム(オートコリレータもしくはFROG計測器)、データ集録システム(光検出器およびPC)を統合し、LabVIEWにて管理・計測・制御することにより、光パルス圧縮の自動最適化システムを構築した。

1. 背景

最先端の光技術を駆使し、未知の物質に含まれる元素・分子やその特性、また、半導体などにおけるキャリアダイナミクスや化学反応をはじめとした自然現象の多くを調べる手段のひとつに、超高速時間領域分光法がある。これは、いわば動画を記録するように、物質を構成する電子や原子、分子、格子の動きを、時間を追って記録していこうという技術である。この手法の最大の利点は、物質の外部刺激に対する応答や化学反応などの素過程を、時間軸上で順次観測していくことができる点にある。ここで最も重要なのは、その時間分解能である。そこで、高時間分解能を実現するための極短光パルス光源の開発が急務であり、現在、国内外で盛んに研究が進められている。我々の研究グループでは、この最先端の光学技術を基礎物性研究に応用するため、極短パルス光源の開発を進めている。

 

2. 課題

上記のような極短光パルスは、広帯域なスペクトルを有する光、すなわち、多くの色が混ざった光を元にして作られる。ここで、光とは電磁場の“波”であるが、この波の性質のひとつである“位相”を制御することが極短光パルス発生の本質である。上記のような広帯域の光に含まれる様々な色の光の位相は、色によってずれているのが普通であるが、この“位相のずれ”を補正してやることによって、時間幅の極めて短い光パルスが発生する。具体的には、各色の光の光路長を個別に制御することで、全ての色の光の位相を揃えることができる。

 

このような光の位相制御の方法としては、プリズム対や回折格子対を用いた方法が最も基本的なものであり、従来、様々な分野で用いられてきた。この方法は、そのシステム自体が比較的簡単であり、扱いやすいというメリットがある反面、固定型のシステムであるため、最適な条件(プリズム、回折格子対間の距離など)を決定するまでに多くの時間と労力を要し、さらに、メンテナンスにも手間がかかる、また、各色の光の位相を個別に制御できないために繊細な位相制御には不向きといったデメリットを有している。極短光パルス発生を例に取ると、従来用いられてきたプリズム対や回折格子対からなる光パルス圧縮器では、上記のような幅広い波長の光の位相をおおまかに揃えることはできても、全ての波長の位相を厳密に揃えることは不可能であるため、真に時間幅の短い光パルスを作り出すことはできなかった。この問題点が克服されれば、従来の超短光パルスに比べて、その時間幅が半分以下の光パルスの発生が期待できる。すなわち、時間分解分光の測定システムとしてこれを用いた場合には、その時間分解能が従来の倍以上になるのである。

 


そこで我々は今回、光パルス圧縮装置に、繊細かつ動的な位相制御を可能にする「可変鏡」を導入した(図1:右上の画像参照)。これは、複数チャンネルの電極とその上に配置された金膜の鏡からなり、電極に電圧を印加することにより、金膜の鏡との間に働くクーロン力を介して、この鏡を前後方向に高精度に微動させるというものである。上記の多くの色を含んだ光を分光し、可変鏡で反射させることにより、各色の光の光路長を光の波長以下の精度で制御できる。すなわち、各色の光の位相を個別に制御できるのである。このことから、可変鏡の形状によって、出力される光パルスの時間幅が決まることになる。以上のように、光パルス圧縮器として可変鏡を導入することにより、繊細かつ柔軟、さらには動的な位相制御が可能となる。
可変鏡を用いる大きな利点がもうひとつある。光パルス圧縮の自動化である。これは、電子的に、すなわち動的に制御可能なシステムであればこその利点である。さらに、このことを応用すれば、一度構築したシステムのメンテナンスも極めて簡便なものとなる。

 

本システムの構築における課題をまとめると、以下のようになる。

 

・ 光パルス圧縮器のパーツを、固定型のパーツ(プリズム対など)から動的制御型のパーツ(可変鏡)に変更し、その制御プログラムを作成する。
・ 光パルス圧縮の過程、すなわち位相制御を自動化する。

 

3. ソリューション

3-1. システム構成

 

今回構築したシステムの構成図を図2(右上の画像参照)に示す。広帯域光パルス発生器((N)OPA)から出力される光パルスを、可変鏡を用いた光パルス圧縮器にて圧縮する。ここで、可変鏡の形状は、LabVIEWで電極に与える電圧を指示することにより決定される。光パルス圧縮器から出力された光パルスは、オートコリレータおよびFROG計測器にて評価される。光パルスの自己相関波形もしくはFROGトレースをPCで集録し、LabViewで作成したソフトウェアで解析することによって、光パルスの時間幅が求まる。光パルスの時間幅が最も短くなるように、可変鏡に与える電圧を、LabVIEWソフトウェア上で調整することにより、求める極短光パルスが得られる。作成したLabVIEWソフトウェアのスクリーンショットを図3(右上の画像参照)に示す。

 

ここで、前に述べたような“真の”極短光パルス、すなわち、全ての波長の位相が揃った光を発生させるためには、可変鏡の形状の最適値を求めなければならない。そこで、光パルス圧縮システム(可変鏡)、光パルス評価システム(オートコリレータもしくはFROG計測器)、データ集録システム(光検出器およびPC)を統合し、LabVIEWにて管理・計測・制御することにより、光パルス圧縮の自動最適化システムを構築した。そのフィードバックループの概念図を図4(右上の画像参照)に示す。すなわち、ある可変鏡の形状に対応した光パルスの自己相関波形の時間幅を計測し、これを元に次の可変鏡の形状を決定する。これを繰り返すことにより、光パルスの時間幅が最も狭くなるような可変鏡の形状を自動で求めることができる。

 

3-2. 結果

光パルス圧縮器において、固定型のパーツであるプリズム・回折格子対を、LabVIEWによる電子的かつ柔軟、繊細な制御が可能な可変鏡に変更することで、光パルス圧縮にかかる時間およびその精度が大幅に改善した。特に、発生した光パルスを、時間分解分光などの測定システムとして用いる場合を例に挙げると、その時間分解能は従来の2倍以上となった。
さらに、LabViewを用いて光パルス圧縮の自動最適化システムを構築した結果、圧縮の作業そのものが自動化され、従来とは比べ物にならないほど高速化および簡便化された。特に、最適化システムの初期値(可変鏡の初期形状)を適切に与えた場合には、数分程度で最適値を見つけ出すことができる。これは、従来行っていたプリズムもしくは回折格子対を用いたパルス圧縮が、数十分~数時間を要することに比べると飛躍的な改善である。また、このことは、一度構築したシステムのメンテナンスにも利用できることを考えれば、極めて有利な点である。

 

最後に、FROG計測プログラムおよび可変鏡制御プログラムの開発に要した時間は約1日、自動最適化プログラム開発に要した時間は1週間程度であり、極めて迅速にシステムを構築することができた。

図1: 可変鏡によるパルス圧縮の模式図。