Introduction to 802.11ax High-Efficiency Wireless

概要

802.11ax, also called High-Efficiency Wireless (HEW), has the challenging goal of improving the average throughput per user by a factor of at least 4X in dense user environments. This new standard focuses on implementing mechanisms to serve more users a consistent and reliable stream of data (average throughput) in the presence of many other users. This paper will explore the new mechanisms that will give the popular 802.11ax standard the title of High-Efficiency Wireless.

Contents

はじめに

世界的な自動車メーカーであるFerrari社は、2015年にエントリレベルモデルの新型車としてFerrari California Tを発表しました。この洗練されたスポーツカーは、ターボチャージャー付きの3.9リッターV8エンジンを搭載します。412 kW(553馬力)を超える出力に対応し、停止している状態から3.6秒間で100km/h(62 mph)まで加速することが可能です。アクセルを踏み続ければ、その最高速度は315 km/h(196 mph)にまで達します[1]。

Ferrari社の設計者は、エンジン、ボディ、内装などの細部にわたって検討を行いました。そして、高速走行時における高精度のハンドル制御、滑らかな動き、性能を実現しつつ、日常的に使用できる車両を開発しました。このような車であれば、オフィスへの通勤時間を大幅に短縮することができます。また、このような車を運転すれば爽快な気分が得られるでしょう。しかし、大都市部の激しく渋滞した道路上で、のろのろと運転する機会しかないのだとすれば、Ferrari社の赤いコンバーチブルに何のメリットがあるでしょうか。

今日、多くの人々はそれと同様の状態にあります。イタリア製のスポーツカーを運転するほど恵まれた人はそうそういないかもしれません。しかし、超高速な無線接続であれば多くの人が利用できる環境にあります。2.4 GHz帯においては、無線LANの黎明期の標準規格であるIEEE 802.11b(1999年)の最大伝送速度は11 Mbps(メガビット/秒)でした。初期の数字としてはまずまずですが、有線接続と比べるとかなり低速でした。2003年に登場した同802.11gでは、OFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing:直交周波数分割多重)が導入されたことで伝送速度は54 Mbpsまで向上しました。

2.4 GHz帯だけでなく5 GHz帯も視野に入れると、同802.11n(2009年)ではさらなる高速化が実現されました。ユーザはシングルストリームで最大150 Mbpsの伝送速度を利用できるようになりました。続く同802.11ac(2013年)では、より広いチャンネル幅(160 MHz)と、より高い変調次数(256QAM)によって、単一の空間ストリーム上で約866 Mbpsの伝送速度を達成できます。最大数である8つの空間ストリーム(SS:Spatial Stream)を使用すれば、理論的には6.97 Gbps(ギガビット/秒)の最高速度を実現可能です。同規格を採用するということは、いわば自転車やファミリー向けセダンを、パワーアップされたFerrari社の車に置き換えることに相当します。

しかし、7 Gbpsに近い速度が達成できるのは、RFの研究施設に設けられ、適切に制御された測定環境においてのみかもしれません。混雑した空港のターミナルといった現実の環境では、公共のWi-Fiを使ってメールを確認しようとすると、データトラフィックが低速であるためにいらいらさせられることがよくあります。IEEE 802.11axは、無線LAN向けのシリーズ規格であるIEEE 802.11の新バージョンです。この規格は、まさにそうした状況を改善するために策定されているものです。

IEEE 802.11axでは、ある空間に多数のユーザが存在する高密度の環境でも、ユーザ当たりの平均スループットを少なくとも4倍に高めるということを目標としています。同802.11acの伝送速度以外の部分にも着目し、混雑した無線環境において一貫性と信頼性の高いスループットをより多くのユーザに提供するために複数のメカニズムが導入されています。

 

主な特徴とアプリケーション

IEEE 802.11axの主要な特徴としては以下のようなことが挙げられます。

  • IEEE 802.11a/b/g/n/acとの下位互換性
  • 駅、空港、競技場など、高密度の環境におけるユーザ当たりの平均スループットを4倍に向上
  • データレートとチャンネル幅はIEEE 802.11acと同等。ただし、1024QAMを採用した新たなMCS(Modulation and Coding Set)であるMCS10と同11は除く
  • MU-MIMO(マルチユーザMIMO)とOFDMA(Orthogonal Frequency Division Multiple Access:直交周波数分割多元接続)によるダウンリンク/アップリンクのマルチユーザ動作に対応
  • OFDMにおけるFFTサイズを大きく(4倍)、サブキャリア間隔を狭く(1/4)、シンボル時間を長く(4倍)し、マルチパスのフェージング環境や屋外における堅牢性と性能を向上
  • トラフィックのフローとチャンネルへのアクセス方式を改善
  • 電力管理を改良することで、電池の持続時間を延伸

 

また、同規格は、以下のような状況/アプリケーションにも対応します。

  • 携帯電話ネットワークトラフィックのオフロード:Wi-Fi対応の携帯電話によるオフロードトラフィックの生成量は、2020年までに1か月当たり38.1エクサバイトに達し、1か月当たりの想定量である30.6エクサバイトを上回り続けると予想される[2]。その量は、1分間にBlu-rayディスク600枚分の映画のデータをWi-Fiネットワークでやりとりすることと相当する
  • アクセスポイントが多く、多様な端末を使用するユーザによって過度に混み合う環境(空港・スタジアムなどのWi-Fi環境)
  • 屋外/屋外の混合環境にも対応

図1. ユーザ密度が高く、多様な端末が使用されるスタジアムは、IEEE 802.11axの導入ターゲットとなる環境の一例である。


高密度環境における現在のWi-Fi、そのスループットの課題

IEEE 802.11のプロトコルは、CSMA(Carrier Sense Multiple Access:搬送波感知多重アクセス)方式を採用しています。この方式では、まず端末(STA)がチャンネルを観測(キャリアセンス)します。そして、チャンネルがアイドル(idle)状態、すなわち、他の無線装置が観測中のチャンネル上で信号を送信していないと判断できた場合のみ送信を行うことで、衝突の回避を試みます。あるSTAが別の無線装置の送信信号を検知した場合、その信号が停止し、さらにランダムに決まるバックオフ時間まで待機した上で、チャンネルがアイドルかどうかを再び確認します。チャンネルがアイドルであれば、パケットデータを送信します。

無線LANでは、複数の無線LANシステムの間で同じ媒体へのアクセスを調停するRTS/CTS(Request to Send/Clear to Send)機能が定義されています。パケットの送信を試みるAP・STAは、パケットデータの送信にさきがけて周囲にRTSを送信し、媒体へのアクセスを宣言します。パケットデータの宛先となるAP・STAは、RTSを受信すると速やかにCTSを送信し、RTSを送信したAP・STAがこれを受信することでパケットデータの送信が開始されます。パケットデータを送信したAP・STAは、パケットを正しく受信したことを示す応答パケット(ACK)が宛先から送られてくるのを待ちます。定められた時間内にACKを受信できなかった場合、パケットデータを送信したAP・STAは自分の送ったパケットがほかの伝送と衝突したと見なします。そして、AP・STAは再度バックオフ時間をランダムに決めて待機した後、媒体へのアクセスを再度試み、パケットを再送します。

図2. CCAプロトコル


このプロトコルでは、CCA(Clear Channel Assessment:空きチャンネル判定)とCA(Collision Avoidance:衝突回避)の各処理を実施します。それにより、互いに衝突し得る空間・周波数ドメイン(コリジョンドメイン)内に存在するすべてのAP・STAに対し、均等かつ自律分散的な媒体アクセスが可能となります。ただし、あるコリジョンドメイン内に存在する無線端末の数が多くなるほど、周波数利用効率が低下する問題があります。以下では、複数のAPを中心とした無線LANシステムが空間的に近接している場合の問題に着目します。図3の左側にあるBSS(Basic Service Set:APに関連付けられた無線端末の集合)にはUser 1というユーザが属しています。User 1は、媒体にアクセスする際、同じBSSに属するほかのユーザと競合する可能性があります。その問題を解消するためにAPとの間でデータを交換します。ただ、このユーザは、それ以外に右側のOBSS(Overlapping BSS)からのトラフィックも確認できる状態にあります。

3. OBSSが存在することで媒体アクセスの効率が低下する。

 

この場合、OBSSからのトラフィックが生じると、User1は媒体が使用中と判断して媒体アクセスを控えることとなります。そのような状況が生じると、各ユーザからの送信が可能になるまでの待ち時間が長くなります。その結果、平均データスループットが低下します。

検討すべきもう1つの事柄は、より広いチャンネル幅の共有/使用についてです。例えば、北米でIEEE 802.11acを運用する場合、使用可能な160 MHzのチャンネルは1つしかなく、欧州でも2つしかありません。

図4. 5GHz帯におけるIEEE 802.11axのチャンネル割り当ての例

 

図4に示すように、無線LANで活用できる周波数チャンネルには限りがあります。そのため、ある空間に多くの無線LANシステムが存在する場合、システム間の干渉を回避できるように周波数チャンネルを割り当てることには限界があり、ネットワーク管理者は空間的に近接するシステムが使う周波数チャンネルを使用せざるを得なくなります。また、入念かつ慎重な電力管理を行わなければ、同一チャンネルで深刻な干渉が生じます。その結果、性能が低下し、広いチャンネルによって期待されるメリットがほとんど相殺されてしまいます。特に高いS/N比が必要なMCS8、9、10、11の高いデータレートではそのような状態になります。さらに、IEEE 802.11のネットワークにおいて、20 MHzのチャンネルが80 MHzのチャンネルにオーバーラップしているケースがあります。その場合、現在の実装では20 MHzのチャンネル上でユーザが送信を行っている間、80 MHzのチャンネルは基本的に使用できません。したがって、同802.11acの周波数共有を高密度のネットワークで実装すると、80 MHzのチャンネルが備えるメリットを犠牲にして20 MHzのチャンネルで送信が行われることになります。


効率の向上に向けた物理層のメカニズム

物理層の変更

IEEE 802.11axでは、物理層について大幅な仕様変更が行われています。ただし、同802.11a/b/g/n/acといった旧規格に準拠する機器との下位互換性は確保されています。つまり、IEEE 802.11axに対応するAP・STAと旧規格に対応するAP・STAとの間でデータの送受信を行うことが可能です。また、旧規格に準拠する機器は、IEEE 802.11axに準拠したパケットヘッダの復調/復号も行えます(ただし、パケット全体の復調/復号はサポートされない)。さらに、旧規格に準拠する機器が、IEEE 802.11axに対応するSTAが送信を行っている際に送信待機することも可能になる予定です。

表1は、IEEE 802.11axにおける変更点のうち、同802.11acの実装と比較した場合に最も重要だと考えられる項目をピックアップして示したものです。

 

802.11ac

802.11ax

周波数帯

5 GHz

2.4 GHz/5 GHz

チャンネル帯域幅

20 MHz、40 MHz、80 MHz、80 + 80 MHz、160 MHz

20 MHz、40 MHz、80 MHz、80 + 80 MHz、160 MHz

FFTサイズ

64, 128, 256, 512

256, 512, 1024, 2048

サブキャリア間隔

312.5 kHz

78.125 kHz

OFDMのシンボル長

3.2 μs + 0.8/0.4 μs CP

12.8 μs + 0.8/1.6/3.2 μs CP

変調方式(最高次数)

256-QAM

1024QAM

データレート

433 Mbps(80 MHz、1ストリーム)

6933 Mbps(160 MHz、8ストリーム)

600.4 Mbps(80 MHz、1ストリーム)

9607.8 Mbps(160 MHz、8ストリーム)

表1. IEEE 802.11axと同802.11acの比較

 

IEEE 802.11axは2.4 GHz帯と5 GHz帯の両方の周波数帯に対応している点に注目してください。また、FFTサイズが4倍になっており、サブキャリア数が増加しています。そして、サブキャリア間隔が従来のIEEE 802.11の1/4に狭められています。このような変更が加えられたことで、既存のチャンネル帯域幅が維持されます。

図5. IEEE 802.11axではサブキャリア間隔が狭められている。

 

サブキャリアの密度が4倍になり、各サブキャリアが狭帯域化したため、IEEE 802.11axではOFDMのシンボル長とCP(Cyclic Prefix)も4倍になっています。データの伝送レートは同802.11acと変わりませんが、屋内/屋外環境や混合環境における効率と堅牢性が改善されます。IEEE 802.11axでは、最大データレートを高めるために1024QAMをサポートするとともに、屋内環境向けのより小さなCP比が規定されています。

 

ビームフォーミング

IEEE 802.11axは、同802.11acと同様に明示的ビームフォーミング(Explicit Beamforming)を採用しています。この処理では、ヌルデータパケットによってビームフォーマ(送信側)がチャンネルサウンディングを開始します。ビームフォーミー(受信側)はチャンネル状況を測定し、圧縮されたチャンネル係数を含むフィードバックフレームによって応答します。 ビームフォーマは、その情報を使用してチャンネル行列Hを計算します。さらに、ビームフォーマはそのチャンネル行列を使い、各ユーザに対してRFエネルギーを集中させます。

 

マルチユーザ動作――MU-MIMOとOFDMA

IEEE 802.11axには、以下の2つの動作モードがあります。

シングルユーザ: 先述したように、1つのSTAが媒体へのアクセスを確保してデータの送受信を行う

マルチユーザ: 複数のSTAの同時動作が可能になる。IEEE 802.11axでは、以下のように、このモードをさらに2つに分類している

    • ダウンリンクマルチユーザ:APが、関連付けられた複数のSTAに対して同時にデータストリームを送信するモード。この機能は、従来のIEEE 802.11acでも規定されている
    • アップリンクマルチユーザ:複数のSTAがAPに同時にデータを送信するモード。IEEE 802.11axで初めて定義された新機能であり、従来のWi-Fi規格には存在しなかった

 

IEEE 802.11axでは、マルチユーザモードにおいて特定エリア内でより多くのユーザを多元接続するための方法を定義しています。それが、MU-MIMOとOFDMAです。どちらの技術においても、APは、マルチユーザ動作における媒体アクセスを集中制御する管理局として機能します。これは、多くのユーザの媒体アクセスを制御するLTE基地局の動作に似ています。IEEE 802.11axでは、APにおいて、MU-MIMOとOFDMAの動作を組み合わせることも可能です。

 

MU-MIMO

IEEE 802.11axに対応する機器は、IEEE 802.11acの実装に倣い、空間的に分散したユーザに対し、ビームフォーミング技術を利用して同時にパケットを伝送します。つまり、APは各STAとの間のチャンネル行列を計算し、異なるユーザに対して同時にビームを送信するということです。それぞれのビームには、ターゲットとなる各ユーザに固有のパケットが含まれます。IEEE 802.11axでは、最大8台のSTAに対するMU-MIMO伝送が可能です。同802.11acでは最大4台までしか対応していませんでした。また、各MU-MIMO伝送はSTA毎に異なるMCSを設定したり、STA毎に異なる数の空間ストリームを送信したりすることができます。

加えて、アップリンクのMU-MIMOには新たな機能が定義されています。その機能では、APからのトリガフレームによって、各STAからの同時アップリンク伝送が開始されます。APはチャンネル行列に基づいてMIMO検出を行うことで、各アップリンクストリームに含まれる情報を取り出します。図7に示すように、APは伝送に参加するすべてのSTAからビームフォーミングのフィードバック情報を受信するために、アップリンクのマルチユーザ伝送を開始することもできます。

図6. MU-MIMOのビームフォーミングを利用して、APは空間的に分散した複数のSTAとの間での同時伝送が可能となる。

 

図7. ビームフォーマ(AP)はMU-MIMO動作のためにチャンネル情報を要求する。

 

OFDMA

IEEE 802.11axには、マルチユーザ伝送に適したOFDMAも導入されています。この技術は、4G(第4世代移動通信システム)において同じチャンネル帯域幅でより多くのユーザを多重化するために得られた進化です。すでにIEEE 802.11a/g/n/acで採用されていたOFDMに基づきながら、同802.11axでは、さらに特定のサブキャリアのセットを個々のユーザに割り当てます。つまり、IEEE 802.11に対応する既存のチャンネル(20/40/80/160 MHz幅)を、定義済みのサブキャリアの数に対応してより小さなサブチャンネルに分割するということです。LTEで使われる最新の用語に倣い、IEEE 802.11axでは割り当て可能なリソースの最小単位をリソースユニット(RU:Resource Unit)と呼びます。その最小サイズは、周波数軸方向でサブキャリア26個分、時間軸方向でOFDMシンボル長に基づいて決まります。

マルチユーザ動作におけるトラフィックのニーズに応じて、APはチャンネルの割り当て方法を決定し、使用可能なすべてのRUを必ずダウンリンクに割り当てます。IEEE 802.11acと同様にチャンネル全体を1度に1人のユーザだけに割り当てる場合もあれば、複数のユーザに同時に対応するためにそれを分割する場合もあります(図8)。

図8. 1人のユーザがチャンネルを使用する場合(左)と、同じチャンネルにおいてOFDMAによるマルチユーザの多重化が行われる場合(右)

 

高密度の環境では、チャンネルの使用をめぐって多数のユーザが非効率に競合することが多くなります。そのような環境でも、OFDMAのメカニズムを利用することで、幅は小さいものの専用のサブチャンネルによって複数のユーザに同時に対応することができます。そのため、ユーザ当たりの平均スループットが向上します。図9は、IEEE 802.11axに対応するシステムが、異なるサイズのRUによってチャンネルを多重化する様子を表したものです。チャンネルを最も小さく細分化した場合、20 MHzの帯域幅ごとに9人までのユーザに対応することができます[4]。

9. さまざまなサイズのRUによるWi-Fiチャンネルの細分化

 

表2は、IEEE 802.11axのAPとSTAによってMU-OFDMA向けの調整を行う場合に、周波数多重化アクセスが可能なユーザの数を示したものです。

RUの種類

CBW20

CBW40

CBW80

CBW160とCBW80+80

26サブキャリアのRU

9

18

37

74

52サブキャリアのRU

4

8

16

32

106サブキャリアのRU

2

4

8

16

242サブキャリアのRU

1-SU/MU-MIMO

2

4

8

484サブキャリアのRU

N/A

1-SU/MU-MIMO

2

4

996サブキャリアのRU

N/A

N/A

1-SU/MU-MIMO

2

2×996サブキャリアのRU

N/A

N/A

N/A

1-SU/MU-MIMO

表2. チャンネル帯域幅とRUの総数の関係

 

マルチユーザ動作におけるアップリンクの処理

アップリンクのMU-MIMO伝送またはMU-OFDMA伝送における調整を行うために、APは全ユーザに対してトリガフレームを送信します。このフレームは、各ユーザの空間ストリームの数やOFDMAにおける周波数とRUサイズの割り当てに関する情報を含んでいます。個々のユーザが送信出力を増減することが可能か否かといった電力制御の情報も含まれます。こうした情報は、APが対象とするすべてのユーザからのアップリンク電力を均等化し、遠く離れたノードからのフレーム受信を改善するために使用されます。またAPは、全ユーザに対して送信の開始と停止の指示を行います。図10に示すように、APは、全ユーザに対して送信開始の正確なタイミングとフレームの正確な持続時間を指示するためにアップリンク用のトリガフレームを送信します。それにより、全ユーザからの送信が同時に完了するようにします。全ユーザからのフレームを受信したら、APはACK信号を送信して動作を完了します。

図10. マルチユーザ動作においてアップリンク向けに行われる調整

繰り返しになりますが、IEEE 802.11axの最大の目標は、高密度のユーザ環境におけるユーザ当たりの平均スループットを4倍に高めることです。このことを念頭に置き、IEEE 802.11axの規格は、同規格に対応する機器がダウンリンク/アップリンクのMU-MIMO動作、MU-OFDMA動作を行えるように定義されています。加えて、同時ユーザ数がさらに多い場合には、MU-MIMOとMU-OFDMAの両方をサポートするという規定も設けられています。


効率の向上に向けたMAC層のメカニズム

カラーコードによる空間の再利用

IEEE 802.11axには、空間的に互いに近接したシステム間でひとつの周波数チャンネルを再利用する技術が導入されています。その目的は、高密度のユーザ環境におけるシステムレベルの性能を向上するとともに、周波数リソースを効率的に利用することです。STAは、OBSSからの信号を識別し、その情報に基づいて、媒体アクセスの競合と干渉の管理に関する判断を行うことができます。

STAが媒体にアクセスし、IEEE 802.11axのフレームを検出したとします。すると、STAはMAC(Media Access Control)ヘッダ内のBSSカラービットまたはMACアドレスをチェックします。検出されたPPDU(PLCP Protocol Data Unit)に含まれるBSSカラーが、そのSTAが属するAPのカラーと同一である場合、STAはそのフレームをBSS内(intra-BSS)フレームであると見なします。

一方、検出したフレームのBSSカラーがそれと異なる場合には、STAはそのフレームをOBSSからのBSS間(inter-BSS)フレームであると見なします。そしてSTAは、フレームがBSS間のものであることを確認する間だけ媒体の状態をビジー(busy)として扱います。ただし、その時間は、フレームのペイロードの長さとして示された時間を超えることはありません。

IEEE 802.11axでは、OBSSからのトラフィックを無視するためのメカニズムがまだ定義されていません。しかし、現実の実装には、BSS間フレームに対するCCA SD(Signal Detection)のしきい値を引き上げつつ、BSS内トラフィックに対するしきい値は低く維持するという手法が盛り込まれる可能性があります(図11)。そうすれば、OBSSから到来した信号の強度がさほど高くなければ媒体アクセスが可能となり、結果としてOBSSの影響で媒体アクセスを控える状況が生じにくくなります。

図11. CCAではカラーコードが利用される。

 

カラーコードに基づくCCAのルールを適用する場合、IEEE 802.11axのSTAは、送信電力制御に伴いOBSS信号の検出に使用するしきい値を調整することもできます。それによって、システムレベルの性能と周波数リソースの利用効率が改善されます。またSTAは、エネルギー検出のレベルや信号検出のレベルといったCCAのパラメータを調整することも可能です。

IEEE 802.11では、CCAによって、現在のフレームに対して媒体がアイドルかビジーかを判断します。それに加え、将来のトラフィックの予測を可能にするためのタイマーメカニズムであるNAV(Network Allocation Vector:送信禁止期間)も採用しています。これにより、STAは、 現在のフレームの直後のフレームに必要な時間を示すことができます。NAVは、制御フレームをはじめとするIEEE 802.11のプロトコルの動作に不可欠なフレームや、RTS/CTS交換に続くデータ/ACKのために媒体を確実に獲得するための仮想キャリアセンスとして機能します。

図12. マルチユーザ対応のPPDUの交換とNAVの設定例

 

高効率ワイヤレスに取り組むIEEE 802.11の作業部会は、おそらく1つのNAVフィールドだけでなく、2つの異なるNAVを同802.11axに導入すると考えられます。BSS内のNAVとBSS間のNAVを用意すれば、STAはBSS内のトラフィックを予測し、重なり合うトラフィックの状態を把握することによって自由に送信を行うことができます。

 

TWTによる省電力化

IEEE 802.11axのAPは、TWT(Target Wake Time)機能を使用することで、伝送を行うSTAとの調整を行い、個々のSTAが媒体にアクセスする時間(または時間集合)を定義することができます。APとSTAは、予測されるアクティビティの持続期間などの情報を交換します。それにより、APは媒体アクセスを必要とするSTA間の競合と重複のレベルを制御します。STAは、それぞれのTWTが到達するまでスリープ状態になります。そのため、消費エネルギーを低減するための手段としてTWTを活用することができます。 また、APは、STAとの間で個別にTWTについての合意を得ることなく、スケジューリングを実施したり、STAに対するTWTの値の提供を行ったりすることができます。IEEE 802.11axの規格では、この処理をブロードキャストTWT動作と呼んでいます(図13)。

13. ブロードキャストTWT動作の例

 

IEEE 802.11axにおけるテストの課題

EVMに対する厳しい要件

IEEE 802.11axでは、1024QAMのサポートが義務付けられています。また、サブキャリア間隔はわずか78.125 kHzとなります。そのため、同規格に対応する機器には、位相ノイズ性能に優れた発振器と、線形性の高いRFフロントエンドが必要になります。一方、DUT(テストの対象となるデバイス)のテストに使用する計測器には、EVM(エラーベクトル振幅)のノイズフロアがDUTのノイズフロアよりも格段に低いことが求められます。

表3に、IEEE 802.11axに準拠する機器に求められるであろうEVMのレベルを示します。

 

16QAM

64QAM

256QAM

1024QAM

IEEE 802.11axにおけるEVMの要件

-19 dB

-27 dB

-32 dB

-35 dB

表3. IEEE 802.11axにおけるEVMの要件

 

ナショナルインスツルメンツ(NI)は、RF対応のベクトル信号トランシーバ(VST)とNI WLAN Measurement Suiteを組み合わせた無線LANテストシステムを提供しています。これにより、IEEE 802.11axに対応する信号の生成と解析を行うことができます。このシステムのソフトウェアは、BPSK(MCS0)から1024QAM(MCS10、MCS11)までの波形に対応します。またVSTは、RF関連の特性評価と製造現場で行われるテストのニーズに対応可能な最高レベルのEVM測定機能を提供します。

 

絶対周波数誤差と相対周波数誤差

OFDMAに対応するシステムは、周波数とクロックのオフセットに非常に敏感です。そのため、IEEE 802.11axのOFDMAでは、非常に厳格な周波数同期と、クロックに対するオフセット補正を実現することが求められます。それにより、すべてのSTAが、正確に割り当てられたサブチャンネル内で、最小のスペクトルリークで動作することが保証されます。また、タイミングに関する厳格な要件により、マルチユーザに対応するAPのトリガフレームに対して、すべてのSTAが同時に応答を送信することが可能になります。

4G LTEに対応するシステムの場合、基地局では、GPSを利用した基準クロックによって、関連するすべての機器の同期をとることができるというメリットが得られます。それに対し、IEEE 802.11axのAPでは、そのようなメリットは享受できない見込みです。そのため、独自の内蔵発振器を基準としてシステムの同期を維持する必要があります。STAは、APから受信したトリガフレームに含まれるオフセット情報を抽出することにより、それぞれの内蔵クロックと周波数リファレンスの調整を実施します。

IEEE 802.11axに対応する機器の周波数/クロックオフセットのテストには、以下のような項目が含まれます。

  • 絶対周波数誤差: DUTからIEEE 802.11axのフレームを送信し、テスト用の計測器によって標準リファレンスに対する周波数のずれとクロックのオフセットを測定する。同802.11acの仕様と同様になる予定であり、許容範囲は±20 ppm程度になる見込み

図14. 絶対周波数誤差を測定するためのシンプルな構成

 

  • 相対周波数誤差:アップリンクのマルチユーザ伝送に参加するSTAが、APの周波数に応じて自らを調整する機能をテストする。そのテストの手順は2つのステップで構成される。まず、テストに使用する計測器からDUTに対してトリガフレームを送信する。DUTは、そのトリガフレームから取得した周波数/クロックの情報に基づいて自らの調整を実施する。続いて、DUTは、周波数を補正したフレームによって応答を行う。それらのフレームの周波数誤差をテスト用の計測器によって測定する。搬送波周波数のオフセットとタイミングを補正した後、周波数オフセットの許容範囲は350 Hz未満、APのトリガフレームに対するタイミング誤差は±0.4 μs程度という非常に厳しい規定になる見込みである

図15. 相対周波数誤差を測定するための構成

STAの電力制御

周波数とクロックの誤差を抑えること以外にも重要な要件があります。アップリンクのマルチユーザ伝送を行っている際、APが受信する電力は、すべてのユーザにわたって大きくばらついていてはなりません。そのため、APは個々のSTAの送信電力を制御する必要があります。APは、各STAの送信出力の情報を含むトリガフレームを使用することが可能です。周波数誤差のテストと同様に、開発時には2つのステップによってこの機能をテストすることができます。

 

アクセスポイントの受信機の感度

IEEE 802.11axでは、APがクロックや周波数のリファレンスとして機能します。 この点から、その受信機の感度のテストはさらに難易度の高いものになります。パケット誤り率の感度のテストを行う際、パケットをAPに送信する前にテスト用の計測器をAPにロックオンしなければならないからです。

トリガフレームの送信によってAPが動作を開始すると、テスト用の計測器は自らの周波数とクロックをAPに適合させたうえで、想定される構成(コンフィギュレーション)において決定済みのパケット数により、DUTであるAPに応答します。

このテストでは、IEEE 802.11axにおける相対周波数誤差の要件が厳しいことに起因する課題が生じます。 テストに使用する計測器は、APが送信するトリガフレームから非常に正確な周波数/クロックの情報を得る必要があります。 周波数/クロックを適切に同期/補正するには、複数のトリガフレームに対して演算を実行する必要があるかもしれません。 その処理は、テストにおいて、かなり大きな遅延を発生させる原因になる可能性があります。

テストをより短時間で実行するための1つの解決策としては、APからリファレンスとなるクロックを出力し、そのクロックに、テスト用の計測器がロックできるようにするという手法が考えられます。そのようにすれば、トリガフレームに基づく初期の同期処理が不要になります。 その結果、APのレシーバの感度をテストするために要する時間が短縮されます。

 

アップリンクの帯域内輻射

STAは、OFDMAモードで動作する場合、APが決定したRU割り当てを用いてAPへの送信を行います。 つまり、STAはチャンネルの一部しか使用しません。 これを受けて、IEEE 802.11axでは、アップリンクの帯域内輻射テストが規定される可能性があります。そのテストは、送信機が、割り当てられた周波数の一部のみを使用する場合に生じる輻射の特性評価と測定を行うというものになるはずです。

16. アップリンクの帯域内輻射テストに使用するマスクの例

 

高次のMU-MIMO

IEEE 802.11axに対応し、最大8つのアンテナを備える機器のMIMO動作をテストした場合、各アンテナのシグナルチェーン(アンテナ・RFフロントエンド・ADC/DACを含むデジタル回路などからなる一連の信号経路)をテストした場合とはまったく異なる結果が得られる可能性があります。 例えば、各アンテナからの信号が互いに極度の干渉を起こし、出力やEVM性能に影響が及んで、スループットが大きく劣化するといったことが起こりうるからです。

 

まとめ

IEEE 802.11axにより、多数のユーザが存在する高密度の環境でも、ユーザ当たりの平均データスループットが4倍に向上する見込みです。この効率改善をもたらす最大の要因は、MU-MIMOとOFDMAという2つの物理層のマルチユーザ技術と、システムの空間密度が高まるシナリオを想定したMAC技術を採用したことです。混雑した環境における周波数の利用効率を改善できることから、同規格はかつてないほど急速に普及する可能性があります。しかし、同規格が定める機能を実装する際には、素晴らしい構想の具現化を目指す研究者、設計者、技術者の前にまったく新たな課題が立ちはだかります。

NIは柔軟性に優れたモジュール式のプラットフォームを提供しています。サブキャリア間隔が1/4となる1024QAMの測定向けには、クリーンな発振器と低いEVMフロアを備える高性能のハードウェアを用意しています。また、WLAN Measurement Suiteは、まだ初期段階にあるIEEE 802.11axの最新動向を常に把握しながら、同規格に対応する機器の設計、特性評価、検証、テストを行い、マルチユーザ対応という大変革に向けて準備を整えているユーザを強力に支援します。


IEEE 802.11axに向けたNIの取り組み

NIは、世界で最も重要なエンジニアリング分野の課題を解決するためのプラットフォームベースのシステムを研究者や技術者に提供しています。またNIは、標準化団体や主要な半導体企業と協力し、IEEE 802.11ax(ドラフト0.1)を含む最新ワイヤレス通信規格の設計、特性評価、検証、テストを行うためのシステムやツールの開発にも取り組んでいます。

図17. NI VSTとWLAN Measurement Suiteを使えば、IEEE 802.11向けのテストシステムを構築できる。

PXIベースのRF計測器であり、1台に1RF入力・1RF出力を統合したVSTとWLAN Measurement Suiteを組み合わせることで、IEEE 802.11axに対応する機器向けの強力なモジュール式テストソリューションを構築することができます。WLAN Measurement Suiteは、研究者や設計者、技術者に対し、IEEE 802.11a/b/g/n/j/p/ac/ah/afなどの広範な規格に対応する波形を生成/解析するための機能と柔軟性を提供します。その最新版は、IEEE 802.11axをターゲットとしています。これを利用することで、同規格に対応する機器の開発を加速することができます。 同ソフトウェアは、狭められたサブキャリア間隔、1024QAM、MU-OFDMAといったIEEE 802.11axの主要な特徴に対応します。また、その最新版には、システム開発ソフトウェアであるLabVIEWのサンプルコードが付属しています。それらを利用することによって、無線LANに関する自動計測システムを短期間で容易に自動化することが可能になります。

 

 

 

参考文献

 

[1] http://auto.ferrari.com/en_US/sports-cars-models/car-range/california-t/#specifications.(2016年4月29日現在)

[2] https://newsroom.cisco.com/press-release-content?articleId=1741352.(2016年5月1日現在)

[3] IEEE:IEEE 802.11-16/0024r1, Proposed TGax (ドラフト仕様)

[4] IEEE 802.11-15/0132r16, Specification Framework Document (仕様のフレームワークのドキュメント)