PXI活用したSUBARU向け車両試験システム、HILシミュレーションにより同等負荷生成

海口 大輔 氏, 株式会社SUBARU

"NIPXI製品LabVIEW採用したことで、HILシステム実装作業わずか12週間完了することできた。また、他社ソリューション採用する場合比べて、製品購入コスト1/3だ。さらに、ソフトウェア開発コスト1/6抑えることできた。"

- 海口 大輔 氏, 株式会社SUBARU

課題:

自動車を開発する際には、テストコースや公道を使用して走行試験を実施する。しかし、天候などに依存して路面の条件が変動することから、実路において、再現性のある試験を安定して実施することが極めて困難だった。また、任意の路面条件を意図的に作り出すことも容易ではないため、必要な試験を必要なタイミングで実施することが難しかった。

ソリューション:

ダイナモメータとHILシミュレータを組み合わせることにより、天候の影響を受けない室内での運用が可能で、実路と同等の負荷条件を生成できる試験用システムを構築した。ダイナモメータとしては、HORIBAの製品を使用し、シミュレータソフトウェアとしてはバーチャルメカニクスの「CarSim」を採用した。そして、HILシステムは、PXI製品とLabVIEWを使用して構築した。

作成者:

海口 大輔 氏 - 株式会社SUBARU
阿部 将 氏 - 株式会社堀場製作所
友安 恭介 氏 - 株式会社バーチャルメカニクス

 

 

背景

周知のとおり、昨今の自動車には、実に数万点にも上る部品が使用されている。それらの部品を組み合わせることで構築されるのが、エンジンやブレーキ、トランスミッション、モータなどのユニットである。各ユニットについては、それぞれをターゲットとした専用の装置を使用してユニット単体での試験が行われる。例えば、エンジンについてはエンジンベンチ(エンジンのテスト用のダイナモメータシステム)を使用し、トランスミッションについてはトランスミッションベンチを使用するといった具合だ。また、ECU(電子制御ユニット)については専用のHIL(Hardware-in-the-Loop)システムが使われることもある。

 

各ユニット単体での試験が完了したら、いくつかのユニットを組み合わせた状態で試験が行われることになる。ただ、昨今では、この種の試験の難易度が段々と高まっている。従来は、多くのECUを協調動作させなくても、いくつかのユニットを組み合わせた試験を実施できていた。しかし、最近の自動車では、各ECUを密に連携させた協調制御によって走行が実現されることが多い。特にその傾向が強いのが電動自動車だ。このような理由から、すべてのユニットを組み合わせた完成車の状態でなければ、試験が成り立たないという状況になりつつある。

 

 

課題 

もちろん、完成車の状態での試験も従来から行われていた。その手法は、実際に道路を走行し、性能を確認するというものだった。開発初期の段階ではテストコースを使用し、中盤の段階に差し掛かったら公道を使って走行試験を実施する。もちろん、現実の道路(実路)では限られたことしかできないのだが、ずっとその手法が使われてきた。

 

ただし、この試験手法にはいくつかの課題があった。1つは、テストコースや公道には、天候などの影響が直接及ぶということだ。つまり、雨や風、雪などによって、路面の条件が変化してしまうのである。そのため、同じ試験を行おうとしているのに異なる結果が出てしまうということが多々ある。つまりは再現性が得られないということである。また、任意の条件を意図的に作り出すことが容易ではないため、必要な試験を必要なタイミングで実施することも難しかった。加えて、米国や欧州で試験を実施しなければならない場合、往復にかかる時間や経費がどんどんかさんでしまう。繰り返し試験を行いたい場合には滞在時間が長くなり、さらに時間と経費がかさむことになる。しかも、天候が日々変化することから、同じ条件の下で試験を行うことができない。

 

このような課題が存在することから、SUBARUでは、実路での試験を、テストベンチを使用する試験に置き換えて、環境に依存する要素を排除したいと考えていた。また、繰り返し同じ条件で網羅的に試験が行えるようにもしたかった。たとえば「温度は-30℃で勾配は30%」といった条件を任意に作り出せれば理想的だと考えていた。

 

 

ソリューション/ 効果

堀場製作所(HORIBA)は、主力の事業として、自動車用の計測装置を数多く製品化している。SUBARUも、従来からHORIBAのエンジンベンチやシャーシベンチなどの試験装置を採用してきた。SUBARUは、そうした試験装置をさらに発展させて、実路で生じるのと同等の負荷条件を生成できるテストベンチを開発したいと考えた。今回開発を目指していたシステムはかなり複雑なものになるため、意思の疎通や技術的な知見の相互提供を円滑に行えるよう、SUBARUとHORIBAの共同開発に近いかたちでプロジェクトを実施したいと考えた。

 

実は、HORIBAは、SUBARUが必要としているのと同等の機能を提供する試験装置をすでに開発済みだった。そのシステムは次のようなものだった。まず、システムの中核となるのはHORIBAの駆動系システムである。これは、ダイナモメータと、それを制御するためのコントローラで構成される。コントローラで制御されるダイナモメータにより、各車軸に対し負荷をかけるというものである。HORIBAが開発したシステムは、この駆動系システムをベースとし、各車輪にリアルタイムで任意の負荷をかけられるようにしたものだと表現することができる。テストコースや公道を走行する状態を模擬し、その際に発生するのと同等の負荷を車両に印加するということである。これを具現化するために、HORIBAが開発済みのシステムでは、バーチャルメカニクスが提供する車両運動シミュレーションソフトウェア「CarSim」と、あるメーカーのHILシステム製品を使用した。CarSimを使えば、実路を走行したときの負荷を計算により算出することができる。HILシステムは、その計算結果を基に、駆動系システムに対して、どのような負荷をかければよいのか指令を発する役割を果たす。駆動系システムはリアルタイムに計測値をフィードバックとしてHILSシステムに送り出しHILS 上のモデルと駆動系システム間でClose Loop 制御を構成する。その結果、このHILS連成システムは、車両にリアルタイムで適切な負荷を印加するよう動作するという仕組みである。

 

駆動系システムでは、動的に条件が変化する試験に対応するのは容易ではない。道路を車で走行する際には、スロットルワークやブレーキングといった条件がリアルタイムで変化する。また、カーブや勾配によって唐突にトルクが変化するといったことが起こりうる。そうした条件に応じてダイナモメータ側で負荷を変化させようと思っても、そのための指令を作り出すことが難しい。CarSimを使用すれば、実路を走行したときと同等の負荷条件を作り出すことができる。また、雨や雪、氷などの影響をパラメータの変更により、環境による負荷として生成することも可能だ。そして、それらの負荷条件を基に、駆動系システムに対して的確に指令を出すことができる。CarSimは、そうした動的な実負荷の変動部分をカバーする役割を果たす。逆に言えば、CarSimのようなシミュレータが存在しなければ、実路での走行を模擬することが可能な試験装置を実現することはできない。

 

HORIBAが開発したシステムでは、当然のことながら、駆動系システムとしてはHORIBAの製品を使用している。また、CarSim以外のソフトウェア全般はカスタムで設計した。そしてHILシステムについては、あるメーカーの製品を使用していた。ただ、HORIBAとしては、この構成/実装を固定的に採用してソリューションとして提供していこうと考えていたわけではなかった。この用途に向けたシステムでは、駆動系システム以外の部分は、顧客のニーズに応じてどのメーカーの製品を採用するのか決定する方針だった。そこで、SUBARUとHORIBAは、既存システムの基本コンセプトをベースとし、SUBARUのニーズを盛り込んで新たなシステムを構築することにした。

 

 

図1に示したのが、SUBARUのニーズを満たすためのシステム構成である。駆動系システムについては、シミュレーションの結果に応じて駆動系システムを的確に制御できるか否かということが課題だった。路面の状態に応じて動作の内容がシミュレータ側から指示されるわけだが、どのような仕様/制御機構のダイナモメータであれば、その指示のとおりに動けるのか明確にする必要があった。そこで、駆動系システムのハードウェアや、それを制御するためのソフトウェアなどについて詳細に検討を行い、要件を満たせる駆動系システム製品を選定した。

 

また、シミュレータについては、既存のシステムと同じくCarSimを使用した。SUBARUは、設計段階で使用するツールとして20年近くにわたりCarSimを使用しており、シミュレーションに必要な車両モデルがすでに蓄積されていたからだ。それらのモデルを使用したシミュレーションの結果は、現実の車の性能/動作とほぼ合致するようにSUBARU内で検証されてきた。

 

残るHILシステムの部分は、ナショナルインスツルメンツ(NI)の製品群を使用して構築することにした。具体的には、ハードウェアとしてはPXI(PCI eXtensions for Instrumentation)に対応する製品を採用し、グラフィカル開発プラットフォームであるNI LabVIEWを使用してプログラム開発を行うということである。

 

NIの製品を選択した理由は次のようなことである。まず、LabVIEWは、学生時代から使われることが少なくなく、ユーザの裾野が広い。実際、SUBARU社内にもLabVIEWを使いこなせるメンバーが数多くいるし、NI製品を使用してさまざまな試験を行ってきた。ほかのメーカーの製品だと、事実上ブラックボックスになっていて、わずかな変更すら行えないことがほとんどだが、NIの製品であれば、個々のニーズに応じ、プログラムを自身でカスタマイズしてさまざまな改変を加えられる。そのメリットは非常に大きい。

 

また、このシステムでは、多種多様なプロトコルが使われる。加えて、アナログ入出力をはじめとする多様なインタフェースが必要になる。さらには、HILシステムにステアリングコントローラーやECUを新たに接続するといった拡張が行われる可能性もあった。このような多様な要件に、ハードウェア、ソフトウェアの両面で柔軟に対応できることも、NI製品によってもたらされるメリットの1つである。

 

以上のような理由から、HILシステムはNIのPXI製品を使用して構築することになった。CarSimをシステムに組み込むうえで必要な情報はバーチャルメカニクスが提供した。そして、ダイナモメータ用コントローラに関する実装はHORIBAが担当し、HILシステムの実装はSUBARUが担当するかたちで開発を進めた。その開発期間についても、NI製品を採用したことが重要な鍵になった。今回のシステム開発では、HILシステムの実装作業はわずか1~2週間で完了した。このような超短期開発を実現できたのは、LabVIEWを使用したからだ。つまり、同プラットフォームは極めて高い開発生産性を提供してくれるということである。もう1つの理由としては、SUBARUがLabVIEWに習熟した人材を何人も擁していた点が挙げられる。このことは、コストの削減にも大きく寄与している。NI以外のメーカーを選択した場合、この作業を外部業者に委託しなければいけないかもしれない。その場合、実装には優に半年くらいの時間を要していたと考えられる。おそらくHILシステム構築費用が3倍くらいに膨れ上がっていたはずだ。しかも、ちょっとした変更を加えるだけでも、大きくコストがかさんでしまう。また、このプロジェクトでは、開発プラットフォームとしてLabVIEWを採用したことで、ソフトウェアの開発をSUBARU社内で実施することができた。そのため、外部業者に委託する場合と比べて、ソフトウェアの開発コストを1/6くらいに抑えられた。コストの総計としては、ほかのソリューションを選択した場合と比べて1/4程度まで削減できているはずだ。

 

開発済みのシステムについては、すでに実証試験が完了している。テストコースで取得したデータと、テストベンチで取得したデータの突き合わせを行い、ほぼ同様の結果が得られることが確認できている。

 

 

今後展開

当初の目的に即して、SUBARUは、車両開発の最終段階で行う試験にこのシステムを適用する予定だ。最終的な品質確認という意味で、車両全体を対象とし、ユーザが行うであろう操作を実施して何も問題が生じないことを確認するために使っていく。このシステムを使用することにより、従来の手法で同等の試験を行う場合と比べて、50%程度の工数を削減できる見込みだ。まずは電動車の開発に適用し、その後はすべての車種に利用範囲を広げていきたい。

 

また、このシステムを利用すれば、実路では作り出せない条件を容易に実現できる。例えば、勾配が30%の氷の路面といった条件を任意に作れるということだ。もちろん、40%の勾配が必要になれば、CarSim上で設定を変更するだけで即座に対応できる。現実には起こり得ないような特殊な条件下での試験(いわゆる意地悪試験)なども行えるということである。したがって、このシステムは、車両全体の試験だけでなく、各ユニットの開発や、初期の試作車両の評価などにも有用であるはずだ。SUBARUとしては、適合プロセス(各ユニットなどのチューニング作業)などにもこのシステムを活用していきたいと考えている。

 

さらに、CarSimを使えば、実在する公道に対応する負荷を生成することもできる。その場合には、まずその公道に赴いて各所の勾配やカント(曲線部における外側と内側の高低差)などを測定する必要がある。その結果を使用して、CarSim用のモデルを作成することになる。バーチャルメカニクスは、この一連の作業も請け負っている。今回開発したシステムに作成済みのモデルを導入すれば、CarSimによってその公道を走っている状態を模擬することができる。自動車の新製品は、公式発表を行うまでは公道を走行することが難しい。しかし、現実の道路条件で試験を行わなければ、必要なすべてのデータを取得することはできない。バーチャルメカニクスのサービスを利用すれば、そのジレンマが解消されることになる。

 

現在、このシステムの操作はオペレータが手動で行っている。SUBARUとしては、今後、HORIBA製のテストオートメーションシステム(STARS)の機能を用いて自動試験が行えるようにしたいと考えている。その場合、当初は人が近くで監視することになるはずだが、いずれはそれも遠隔監視に置き換えたい。試験を実行する際、オペレータを1/4程度まで削減できるであろう。

 

 

著者情報:

海口 大輔 氏
株式会社SUBARU
Japan

構築した試験装置
図1. 開発したシステムの構成図