PXI 製品​により、​ロケット​から​の​RF 信号​の​長時間​記録​と​再生​に​成功

- 油谷 崇志 氏, 宇宙​航空​研究​開発​機構​(JAXA) 宇宙​輸送​ミッション​部 鹿児島​宇宙​センター 射場​技術​開発​室 主任​開発員

"NI の​ソリューション​を​採用​した​こと​によって、​従来​は​不可能​だ​っ​た​長時間​にわたる​RF 信号の記録と再生が可能になった。​現実​の​信号​を​使​っ​た​テスト​を​繰り返し​行える​よう​に​な​っ​た​こと​から、​現実​の​電波​干渉​を​可視​化​し​て​解析​を​行う​ため​の​基盤​を​作る​こと​が​でき​た。"

- 油谷 崇志 氏, 宇宙​航空​研究​開発​機構​(JAXA) 宇宙​輸送​ミッション​部 鹿児島​宇宙​センター 射場​技術​開発​室 主任​開発員

The Challenge:

ロケット​の​打ち上げ​を​行う​際​に​は、​無線​システム​によって​飛行​状況​など​に関する​多様​な​情報​を​継続​的​に​取得​する​必要​が​ある。​ただ、​実際​に​は​ロケット​の​噴煙​を​はじめ​と​する​さまざま​な​要因​によって、​通信​が​瞬間​的​に​途絶​えて​しま​い、​受信​データ​の​一部​が​異常​な​値​に​化け​て​しまう​という​問題​が​あっ​た。 その​解析​を​行う​に​は、​長時間​にわたって​RF 信号​を​直接​的​に​記録​し、​それ​を​再生​する​仕組み​が​必要​だ​っ​た​の​だが、​スペクトラム​アナ​ラ​イザ​の​よう​な​既存​の​ツール​では、​そのようなことは行えなかった。

The Solution:

PXI を​ベース​と​する​高性能​かつ​低​コスト​の​COTS 製品​を​組み合わせる​こと​により、​長時間​の​記録/​再生​が​可能​な​システム​を​構成​する。​具体​的​に​は、​NI の​ベクトル​信号​アナ​ラ​イザ、​ベクトル​信号​発生​器、​RAID システム​を​利用​する。​システム​制御​用​の​プログラム​に​加​えて、​データ​解析​用​の​プログラム​も​開発​できる​NI LabVIEW によって、​データ​の​解析​も​シームレス​に​行える​環境​を​構築​する。

1. 背景

われわれ​が​所属​する​宇宙​航空​研究​開発​機構​(JAXA)​は、​宇宙​科学​研究所、​航空​宇宙​技術​研究所、​宇宙​開発​事業​団​が​統合​し、​2003 年​10​月​に​設立​さ​れ​た​独立​行政​法人​で​ある。​その​主力​機​で​ある​「H-​IIA」​や​「H-​IIB」​など​は、​JAXA​の​種子島​宇宙​センター​(以下、​TNSC)​で​打ち上げ​を​行​って​いる。

 

TNSC から​打ち上げる​ロケット​の​最終​的​な​目的​は、​宇宙​まで​運​ん​だ​人工​衛星​を​軌道​に​乗せる​こと​だ。​それ​に当たって​は、​ロケット​に関する​多様​な​データ​を​無線​で​継続​的​に​取得​する​という​こと​を​行う。​打ち上げ​の​直後​は​TNSC の​受信​システム​で​データ​を​取得​し、​その後​は​太平洋​上​で​飛行​を​進める​に従い、​小笠原​局、​グアム​局、​クリスマス​局、​サンチャゴ​局​という​順に​データ​の​受信​作業​を​引き​継​い​で​いく。​そして​各局​で​受信​した​データ​は​TNSC に​集約​する。​このように​し​て​ロケット​の​情報​を​追跡​する​わけ​だが、​特に、​打ち上げ​直後​の​十​数​秒間​の​データ​は​非常​に​重要​な​意味​を​持つ。​すなわち、​TNSC で​受信​する​データ​が​特に​重要​だ​という​こと​で​ある。

 

現在、​TNSC では、​レーダー​システム​と​テレメータ​システム​を​併用​し​て​情報​の​取得​を​行​って​いる。​レーダー​システム​では、​ロケット​と​レーダー​の​間​で​電波​を​やりとり​する​こと​によって​ロケット​の​位置​や​速度​の​情報​を​得る。​一方​の​テレメータ​システム​では、​温度​データ、​加速度​データ、​振動​データ​など、​ロケット​から​送​ら​れ​て​くる​多様​な​情報​を​受信​する。​これらの​うち、​レーダー​システム​の​老朽​化​が​進​んで​おり、​その​維持​更新​に​は​大きな​コスト​が​かかる。​そのため、​機体​の​位置/ 速度​の​情報​も​テレメータ​システム​で​取得​できる​よう​に​しよう​という​流れ​が​生まれ​つつ​ある。

 

しかし、​テレメータ​システム​を​レーダー​システム​の​代替​と​する​うえ​では​ひとつ​の​問題​が​あっ​た。​それ​は​テレメータ​システム​において、​「ロック​オフ」​という​現象​が​起​き​て​いる​こと​だ。​ロック​オフ​と​は、​ロケット​を​打ち上げ​た​直後​の​十​数​秒​の​間​に、​明らか​に​異常​な​データ​が​瞬間​的​に​生​じ​て​しまう​という​もの​で​ある。​図​1 に、​ロケット​が​備える​ある​装置​の​温度​を​観測​した​結果​を​示し​た。​この​場合、​実際​の​温度​は​緩やか​に​上昇​し​てい​く​はず​な​の​だが、​図​1 では​瞬間​的​に​急激​な​温度​変化​が​生​じ​たか​の​よう​な​結果​と​な​って​いる。

 

ロック​オフ​の​発生​が​確認​さ​れ​た​の​は​最近​の​こと​では​ない。​しかし、​今​以上​に​テレメータ​システム​を​活用​した​打​上げ​方式​に​移行​した​場合​に​は、​現在​と​同​レベル​の​ロック​オフ​の​発生​は、​致命​的​な​問題​に​つながる​可能性​が​ある。​従来​は、​テレメータ​システム​の​ロック​オフ​は​ある程度​許容​さ​れ​てい​た​の​だが、​レーダー​システム​の​代替​という​役割​を​考える​と、​ロック​オフ​は​解決​しな​け​れ​ば​なら​ない​課題​として​浮上​する。​ロック​オフ​が​生​じ​ない​よう​に​する​こと​が​理想​だが、​少なくとも、​問題​に​なら​ない​レベル​まで​ロック​オフ​の​発生​を​抑え​られる​システム​に​変更​しな​け​れ​ば​なら​ない。

 

2. 課題

われわれ​は、​打ち上げ​後​の​ロック​オフ​は​なぜ​起​き​て​いる​の​か、​その​対策​は​どの​よう​に​す​れ​ば​よい​の​か​検討​した​いと​考え​た。​最終​的​な​目標​は​ロック​オフ​の​原因​を​究明​し、​対策​を​施す​こと​だ。​そのため​に​は、​まず現状を把握することが必要だった。​しかし、​その​現状​把握​に​向け​て​は​大きな​課題​が​存在​した。


ロケット​の​打ち上げ​直後​に​は、​機体​の​移動、​激しい​振動、​轟音、​海面​や​構造​物​で​の​電波​の​反射、​噴煙​による​電波​の​散乱​といった​条件​が​重​なり、​マルチ​パス​の​影響​(フェージング)​が​生じる​など、​非常​に​厳しい​環境​の​下​で​電波​が​送​ら​れ​て​くる​ことに​なる​(図​2)。​テレメータ​システム​で​取得​した​データ​に​異常​が​ある​という​こと​は、​電波​の​送信​経路​で​何らかの​問題​が​生​じ​て​いる​こと​は​明らか​だ。​そこで、​ベース​バンド​領域​における​ビット​バイ​ビット​で​の​データ​確認​や、​AGC(自動​利得​制御)​データの集録周期での確認を行った。​また​スペクトラム​アナ​ラ​イザ​の​画面​を​ビデオ​で​録画​し​て​おき、​それ​を​後で​波形​を​録画​した​ビデオ​を​再生​し​て​RF の​専門​家​ら​で​吟味​する​といった​こと​も​試み​た。​しかし、​そうした​手法​では、​何も明らかにすることができなかった。

 

ロック​オフ​が​発生​した​際、​具体​的​に​何​が​起​き​て​いる​の​か​を​明らか​に​する​に​は、​2 GHz 帯の電波を直接的に可視化して確認しなければならなかった。​そのため​に​は、​RF 信号​として​の​情報​を​残​した​まま​の​I/​Q データ​を​長時間​記録​し​て​おき、​それをそのまま何度でも繰り返し再生してテストが行えるような仕組みが必要だった。

 

 

3. ソリューション/ 効果

上述​した​よう​な​要求​に​応える​もの​として、​われわれ​は​NI の​PXI 製品​を​選択​した。​具体​的​に​は、​以下​に​挙げる​各​製品​によって​システム​を​構成​した。

  • NI PXIe-1075:​18 スロット​を​備える​PXI​シャーシ
  • NI PXIe-8135:​高性能​の​コントローラ
  • NI PXIe-5665: 対応​周波数​が​最高​3.6GHz の​ベクトル​信号​アナ​ラ​イザ​(VSA)
  • NI PXIe-5673: 対応​周波数​が​最高​6.6GHz の​ベクトル​信号​発生​器​(VSG)
  • NI HDD-8265: 容量​が​6 TB の​RAID(Redundant Arrays of Inexpensive Disks)​システム

 

図​3 に​は​この​システム​の​外観​を​示し​た。​この​システム​で​の​記録​動作​は​次​の​よう​に​なる。​まず、​アンテナ​で​受信​した​2 GHz 帯​の​信号​を​VSA​に​取り込む。​取り​込​ん​だ​信号​は​I/​Q レベルのデジタルデータに変換され、​シャー​シ​が​備える​PXI Express バス​を​介​し​て RAID システム​に​渡​さ​れ​て​記録​が​行​われる。​一方、​再生​動作​では、​RAID システム​から​データ​を​読み出し、​シャー​シ​が​備える​PXI Express バス​を​介​し​て​VSG​に​引き渡す。​それ​によって、​RF 信号​を​再生​する。​コントローラ​は​システム​全体​を​制御​する​役割​を​担う。​VSA と​VSG の​高速​性能、​RAID システム​の​高い​書き込み/ 読み出し​速度​(750MB/ 秒)、​PXI Express による​高速​データ​転送​(250 MB/ 秒)​が​性能​面​で​の​ポイント​だ。​なお、​容量​が​6 TB の​RAID システム​により、​現状​は​15 分間​分​の​データ​を​記録​する​こと​が​できる。​容量の拡張を図れば、​さらに​長時間​の​データ​を​記録​する​こと​も​可能​で​ある。

 

このシステムを利用すれば、​高速​かつ​長時間​にわたって​RF 信号​の​記録​と​再生​が​行える。​すなわち、​これまで​の​スペクトラム​アナ​ラ​イザ​を​使う​の​と​は​異​なり、​帯域​内​の​実​時間​データ​を​もれなく​長時間​にわたって​記録​する​こと​が​できる。​そして​記録​さ​れ​た​信号​は、​何​度​でも​再生​し​て​テスト​を​行う​こと​が​可能​で​ある。​実際​の​環境​下​で​現れる​RF 信号​を​使​って​繰り返し​テスト​が​行える​こと​から、​パラメータ​の​最適​化​など​によって​改良​を​図れる​よう​に​なる​こと​が​期待​できる。

 

この​システム​は、​すでに​COTS(商用​オフザシェルフ)​の​製品​として​完成​さ​れ​た​もの​を​組み合わせる​だけ​で​構成​できる。​この​時点​で、​われわれ​の​要求​を​満たす​製品​を​供給​し​て​いる​メーカー​は​NI 以外に存在しなかった。​カスタム​対応​で​実現​する​という​可能性​も​あっ​た​の​かも​し​れ​ない​が、​それでは​コスト​面​で​見合​わ​なか​っ​た​で​あ​ろう。

 

加​えて、​NI の​ソリューション​で​あれ​ば、​データ​を​記録​した​うえ​で、​シームレス​に​解析​が​行える。​NI LabVIEW を使用すれば、​単一​の​グラフィカル​開発​環境​で​制御​用​プログラム​に​加​えて​解析​用​プログラム​も​開発​できる。​また、​サンプル​プログラム​が​豊富​に​用意​さ​れ​て​いる​ので、​それら​を​改変​する​こと​によって、​や​り​たい​こと​を​素​早く​実現​できる。​しかも、​ソフトウェア​によって​ユーザー​が​自由​に​機能​を​変更​する​こと​も​可能​だ。

 

解析​用​ソフトウェア​の​開発​は​外部​に​委託​する​の​だが、​LabVIEW を​扱える​企業​で​あれ​ば​国内​に​も​数多く​存在​する。​必要​な​機能​も​LabVIEW で​あれ​ば​即座​に​実現​できる。​テキスト​ベース​の​プログラミング​言語​で​一​から​コード​を​書く​の​では​工数​が​かかり、​その​分、​委託​コスト​も​増大​する。​時間​を​かけ​ず​に​低​コスト​で​結果​を​出せる​こと​は、​委託​する​側​に​とっても​受託​する​側​に​とっても​メリット​が​ある。​パフォーマンス、​コスト、​使い勝手、​拡張​性​といった​あらゆる​面​で、​NI の​ソリューション​を​選択​し​て​よ​か​っ​た​と​考え​て​いる。

 

この​システム​を​使用​する​こと​により、​2013 年​8 月​に​打ち上げ​た​H-​IIB の​4 号機​と、​2013​年​9 月​に​打ち上げ​た​イプシロン​の​データ​を​実際​に​取得​する​こと​が​でき​た。​何より​も​重要​な​成果​は、​従来は不可能だった​RF 信号​の​長時間​記録/ 再生​を​実現​でき​た​こと​で​ある。​この​事例​では​ロケット​が​対象​だ​っ​た​わけ​だが、​NI のソリューションを活用すれば、​RF 信号​を​扱う​あらゆる​分野​の​記録/ 再生​に対する​ニーズ​に​応え​られる​はず​だ。

 

4. 今後​の​展開

現在​は​解析​に​向け​た​取り組み​を​行​って​いる​段階​に​ある。​推測​の​レベル​と​なる​が、​マルチ​パス​の​影響​で​ロック​オフ​が​起​き​て​いる​の​では​ない​か​という​感触​が​すでに​得​ら​れ​て​いる。​原因を完全に特定できれば、​マルチ​パス​の​影響​を​受け​にくい​通信​方式​を​採用​する​といった​根本​的​な​対策​を​講じる​こと​が​できる​で​あ​ろう。​例えば、​そうした​受信​機​を​今回​採用​した​NI の​システム​を​ベース​として​構築​する​という​こと​も​考え​られる。

 

その​一方で、​まずは​時間​と​コスト​を​かけ​ず​に​ロック​オフ​の​影響​を​現実​的​に​は​問題​に​なら​ない​レベル​に​抑える​方法​も​検討​した​い。​例えば、​マルチ​パス​の​発生​原因​の​ひとつ​として​は、​ロケット​の​発射​時に​生じる​噴煙​が​考え​られる。​も​しそう​で​あれ​ば、​射場​付近​で​噴煙​の​影響​が​少​な​そう​な​場所​を​何​カ所​か​見出し、​今回のシステムをベースとした簡易的な受信機をそれぞれの場所に配置すれば、​ロック​オフ​の​問題​を​解消​できる​可能性​が​ある。​つまり、​ロケット​の​発射​後、​十​数​秒​ほど​の​間​に、​すべて​の​受信​機​が​同時に​ロック​オフ​し​て​しまう​こと​さえ​避​けら​れ​れ​ば​よい​という​こと​だ。​また、​NI の​ソリューション​で​あれ​ば、​受信​機​を​複数​台​設置​し​て​も​コスト​を​抑え​られる​はず​だ。

 

Author Information:

油谷 崇志 氏
​宇宙​航空​研究​開発​機構​(JAXA) 宇宙​輸送​ミッション​部 鹿児島​宇宙​センター 射場​技術​開発​室 主任​開発員

図​1. ​ロック​オフ​によって​生​じ​た​異常​な​温度​データ
図​2. ​厳しい​電波​環境​(画像​提供 : 宇宙​航空​研究​開発​機構​(JAXA))
図​3. PXI​製品​で​構成​した​システム