LabVIEWにより開発期間短縮卓上小型電子顕微鏡「Desk Top ONE」開発-

- 谷 重喜 氏, 浜松医科大学附属病院 医療情報部

"LabVIEWよう短期開発検証、そして実機導入視野入れソフト開発ツール存在重要性あらためて実感した。"

- 谷 重喜 氏, 浜松医科大学附属病院 医療情報部

課題:

1. 筐体やシステムの小型化 一般的な電子顕微鏡は、空調と真空ポンプなどの空冷や水冷用冷却配管と電源設備を設けた専用の部屋が必要である。このような大型機器としてのイメージを排除した卓上型の小型電子顕微鏡を作成する。 2. 管理や操作性の簡便化 維持管理を簡便なものとするため、メインテナンス機能を簡略化するとともに、利用時の煩雑な操作を低減し自動化機能を向上させたものにしたい。 3. 拡張性を持たせた汎用化 電子顕微鏡に利用用途に適した機能の追加として、制御系、観測系、そして画像処理機能を加えたい。

ソリューション:

NIのLabVIEWや、マルチファンクションDAQ等を利用し、小型の走査型電子顕微鏡の製作と制御システムの試作を実現。

背景

光学顕微鏡では、観察が困難な対象物の微細構造の観察には、高倍率の電子顕微鏡が利用されている。また、電子顕微鏡を利用する分野は、多くの領域に広がっている。例示すると、医学分野では人の細胞や細菌・ウイルスの構造観察、半導体分野ではLSIの回路表面の観察、建築工学では建築構造物の疲労や磨耗状態の観察、精密工学ではマイクロマシンの開発、生活関連分野では食品や香粧品の開発などにも利用されている。電子顕微鏡は、機器装置の大きさ、運用管理、操作方法の習得が必要な場合がある。そのため、主として大学や企業研究所における共同利用の大型機器としての位置づけにある。しかし、利用形態からみると個人利用という側面があるため、小型で簡便な操作性を備えた電子顕微鏡に対する必要性が増していた。そこで、超小型の電子顕微鏡開発の前段階として、機能評価を目的とした小型の電子顕微鏡開発を始めた。しかし、精細な計測や制御の両特性を必要とする電子顕微鏡の各ユニットにおける装置の設計や製作において予定期日の大幅な遅延や、ソフトウエア開発に困難を抱えていた。時期を同じくして、NI(National Instruments)のセミナーに参加する機会があり、LabVIEWに触れることによって、開発の助けとなる可能性を知った。このような背景で、小型の走査型電子顕微鏡の製作と制御システムの試作にLabVIEWを利用したので紹介する。

 

 

課題

)筐体やシステムの小型化
一般的な電子顕微鏡は、空調と真空ポンプなどの空冷や水冷用冷却配管と電源設備を設けた専用の部屋が必要である(図1)。

 

このような大型機器としてのイメージを排除した卓上型の小型電子顕微鏡を作成する。このためには、顕微鏡本体の構造設計と制御システムの設計が新たに必要となった。

)管理や操作性の簡便化
維持管理を簡便なものとするため、メインテナンス機能を簡略化するとともに、利用時の煩雑な操作を低減し自動化機能を向上させたものにしたい。この自動化には、電子顕微鏡の各ユニットの調整を外部制御可能な計測システムと制御システムとして作成しなければならない。

)拡張性を持たせた汎用化
電子顕微鏡に利用用途に適した機能の追加として、制御系、観測系、そして画像処理機能を加えたい。

 

ソリューション

)筐体やシステムの小型化
電子顕微鏡の本体は、新しく設計開発を行い、真空系のポンプは小型の排気ポンプ(ダイアフラムポンプ)と高真空ポンプ(ターボ分子ポンプ)を利用する。また、これらに真空ポンプに欠かせない空気の排気調整時のポンプ作動操作とバルブ操作もコンピュータ化し、小型化する。

)管理や操作性の簡便化
維持管理費を低減するため専用の空調や水冷系を必要としない設計とする。真空維持制御などの電子顕微鏡に欠かせない一連の操作は誤操作防止の観点からも自動化制御とする。

)拡張性を持たせた汎用化
電子顕微鏡の利用が試料観測の目的だけでなく、各種の電子観測や分析、マイクロマシン開発など、利用領域の変化に対応した拡張性を持たせる。また、電子顕微鏡から得られた観測映像は、画像処理コンピュータへ取り込み、ファイリングや画像演算処理を行っていたが、この過程を電子顕微鏡に画像処理機能を装備し処理を行う。

 

装置概要

走査型電子顕微鏡は、電子銃から放射された電子ビームを分解能レベルにまで集束させ、観察対象となる試料表面を電子ビームで走査すると、試料から二次電子が放出される。この二次電子をシンチレータにて光の信号に変換し、その輝度信号を操作信号に同期させることにより画像としてディスプレイ表示する装置である。装置を大きく分けると鏡筒系、真空系、電気系、操作系の4つの部分から構成される。

)鏡筒系

A)電子銃
電子銃は電子顕微鏡の光源であり、加熱したフィラメントに電子加速用のマイナス高電圧を印加し、鏡筒内に電子ビームを放出する。

B)電子レンズ
電子銃より放出された電子ビームを磁場や電場で収束させ、さらに試料表面にピンポイント的に集束させる電子のレンズが用いられる。このレンズの働きをするのが、電磁石や円形磁石である。電子顕微鏡には、この電子レンズが複数個用いられている。

C)走査コイル、スティグマトール
走査コイルは、分解能まで集束させた電子ビームを試料表面上でX、Y方向に走査するために用いられる。スティグマトールは、電子ビームの非点収差を補正するためのコイルであり、光学顕微鏡で生じる光学収差の補正に相当するものである。

D)試料室
観察対象となる試料を導入するところで、試料台をX-、Y-、Z-軸方向に移動や回転できるマニュピレータが取り付けられている。

)真空系
電子顕微鏡では、普通10-5から10-6Torrの真空度が要求され、一次排気ポンプと二次高真空ポンプの組み合わせで要求される高真空を作り出している。

)電気系
電気系は、電子銃高圧電源、電子銃フィラメント電源、スティグマトール(非点収差補正コイル)電源、走査コイル電源、光電子増倍管電源、真空ポンプやバルブなどから構成される。

)操作系
電子顕微鏡に必要とされる操作は、始動、停止、加速電圧調整、レンズ系調整、画像調整、真空系動作表示、真空ポンプ調整、真空バルブ制御、倍率表示、倍率調整、試料位置調整などがある。

 

開発におけるハードソフト要件

作成した小型走査型電子顕微鏡の構成を図2に示す。

(1)制御信号系

)電子銃フィラメント電源の電流制御
電子顕微鏡の心臓部ともなる電子(熱電子)発生源としてのフィラメントへの電流調整

)電子銃加速電源の電圧制御
顕微鏡の光源となる電子を加速するための高電圧(0~20kV)調整

)次電子加速電源の電圧制御
電子銃から試料に照射された電子により、二次的に試料から発生する電子を光電子増倍管へ引き寄せるための加速電圧(0~10kV)調整

)一次真空ポンプ(ダイアフラムポンプ)制御
起動タイミングと動作時間の調整

)二次真空ポンプ(ターボ分子ポンプ)制御
起動タイミングと動作時間の調整

) 鏡筒部真空バルブの開閉制御
高真空の維持のための気密操作

)試料室真空バルブの開閉制御
高真空の維持のための気密操作

 

(2)計測信号系

)一次系真空度計測
低真空度の計測

)二次系真空度計測
高真空度の計測

)鏡筒部真空度計測
電子ビームの放射可能真空度の計測

)試料室真空度計測
観測対象となる試料室の真空度計測

 

(3)観測信号系

)光電子増倍管信号の観測
光電子増倍管の動作状態の管理と信号計測

)二次電子加速電源の制御
光電子増倍管へ二次電子を導く加速電圧の制御

)スティグマトール(非点補正コイル)の制御
電子ビームの歪みを補正するための8極から構成されるコイルへの電流制御

)試料走査コイルの制御
観測対象表面部位で電子ビームのスキャンを行う制御

)映像信号の同期制御
光電子増倍管からの信号と電子ビームの走査部位とを同期し、画像を構成するための制御

 

要求仕様実現するため採用したNI製品

●PCI-GPIB(GPIBインタフェース)
電子顕微鏡を構成する計測器、制御器、増幅器の回路基盤に5V、12V、15V、24V、-15Vの各電力を供給する2台の多出力汎用電源装置で通電の起動タイミングや終了タイミング制御に利用した。

 

●PCI-6024E(マルチファンクションDAQ)
電子銃電子加速電圧0~20kVの調整と測定、電子銃フィラメント電流0~1Aの調整と計測、非点収差補正用8極コイルにおける磁場制御、画像用コンピュータの走査速度と観測視野の走査範囲制御に利用した。

 

●PCI-1411(シングルチャネル画像集録)
映像化された電子顕微鏡像の計測、画像処理、画像ファイルリングをコンピュータへ行うための画像入力に利用した。

 

●PCI-6024E(マルチファンクションDAQ)
真空系における2個のバルブ開閉制御、2台のポンプ起動停止タイミング制御、4台の真空センサの信号計測に利用した。

LabVIEWによって作成した電子顕微鏡の操作パネル画面を図3に示す。小型走査電子顕微鏡の概観と電子顕微鏡写真例を図4と図5に示す。

 

まとめ

NI製品を利用した開発事例では、LabVIEWやPXIなどのソフトやハードモジュールの選定から行い開発期間の短縮が行われることが多いと思われる。今回の開発においては、ハードウエア製作とソフトウエア開発は、従来のレガシーな方法によるプリント基板作成やプログラミング言語による作業が行われていたが、大きく予定期日を超過していた。既に先行開発を終えていたシステムに対してLabVIEWを利用した事例である。一般的に制作方針の変更は弊害が大きくなることが少なくない。しかし、今回は、予定されていた期間へと時間短縮をすることにLabVIEWが大きく貢献した。また、LabVIEWの製品としての性能のみでなく、NI社が提供するテクニカルサポート体制も有益であった。



新しいシステム機器を開発するときには、ハードウエアの製作と、それを制御するソフトウエアの開発が不可欠となる。この作業が並行して行われることが珍しくないが、ハードウエアとソフトウエアを接続して、動作の検証時に問題点が発生し修正をすることも少なくない。この問題点の検証と修正を迅速に行わなければが、製作コストの増加や時間が要求される過程でもある。一般的にハードウエアのコストも無視できないが、本システムのように機器開発とその性能を左右するソフトウエアに比重が大きい場合には、LabVIEWのような短期に開発検証、そして実機への導入を視野に入れたソフト開発ツールの存在の重要性をあらためて実感した。