チャンネル同時計測使用した、高速取り込み可能精度過渡吸収スペクトル測定開発

上岡 隼人 氏, 筑波大学

"本測定は、同時取り込み可能PXIモジュール複数フォトダイオードアレイ検出接続した構成することで、市販過渡吸収分光システム比べ大幅安価構築すること出来た。"

- 上岡 隼人 氏, 筑波大学

課題:

ポンプ・プローブ型の過渡吸収スペクトル測定系を構築するに当たり、この多数回のスペクトルの積算に要する時間を短縮し、吸収スペクトルの時間発展全体を測定する時間を出来るだけ短くすることを目指す。

ソリューション:

PXIモジュール、およびLabVIEWを用いて、市販のフォトダイオードアレイの各素子からのパルス応答信号を全て同期取り込みして、吸収スペクトル変化の測定を行った。

1. 背景

 一般に、物質の同定やその化学反応過程を探索するには、その物質の吸収スペクトルが用いられる。電気または光パルス等により、溶液、固体、薄膜中に過渡的な電子励起状態や光化学反応による反応中間体等が生じるとき、その生成および消滅過程を追跡するには、この吸収スペクトルがどのように時間発展してゆくのかを、詳細に追って計測することが必要となる。従来は、ランプを光源とし、励起パルスの繰り返し周期と同期できるゲート回路を有したCCDカメラで透過光のスペクトルを測定することで、瞬間的な吸収スペクトルを得ていた。この手法では、ナノ秒(10-9秒)程度の時間分解能で過渡的なスペクトル変化の測定が可能である。最近では、ピコ秒(10-12秒)や数十~数百フェムト秒(10-14~10-13秒)のパルス幅を持つレーザーを光源とし、検出器にストリークカメラを使用することで、数ピコ秒程度の時間分解能で過渡吸収スペクトルの取得が可能となっている。しかし、高い時間分解能を持つストリークカメラは非常に高価であることから、ピコ秒や数十~数百フェムト秒の時間分解能での過渡吸収スペクトルの測定は、パルス光源がある場合には、ポンプ・プローブ法と呼ばれる方法を用いるのが主流となっている。

 

 ある試料に、それが吸収しうる波長を持ったレーザーパルス光を照射すると、試料は励起状態となり、基底状態とは違った吸収スペクトルが生じる。ポンプ・プローブ法は、レーザーパルス光(ポンプ光)を試料に当てて励起状態を作り、この状態に白色光パルス(プローブ光)を通すことで、励起による吸収スペクトルの変化を測定する方法である。ポンプ光とプローブ光の時間差を変えることで、励起状態の試料の吸収スペクトル変化の時間分解測定が可能となる。またこの方法は白色光パルスを用いているので、CCD等の多素子検出器の付いた分光器を用いれば、過渡吸収スペクトルが一括で得られるという利点もある。

 

2. 課題

 白色光パルスを生成する方法としては、チタンサファイアレーザーからの高強度なフェムト秒光パルスを、非線型媒質に集光し、自己位相変調の過程を経て発生させる方法が一般的である。この際に使用する高強度パルス光源の繰り返し周波数は数kHzのオーダーであり、また白色光パルス強度は、これが非線型過程を経て得られることを反映して、10%台の大きな揺らぎを持っている。このような揺らぎの大きな白色プローブ光を用いて、吸収スペクトルの微小な変化を観測するためには、ポンプ光の有り無し各場合の透過スペクトルをそれぞれ多数回積算し、その差分を吸収スペクトル変化として記録する必要がある。我々は、このポンプ・プローブ型の過渡吸収スペクトル測定系を構築するに当たり、この多数回のスペクトルの積算に要する時間を短縮し、吸収スペクトルの時間発展全体を測定する時間を出来るだけ短くすることを目指した。

 

 測定時間を最短にするには、数kHz程度の高い繰り返しの光パルス列を全て漏れなく用いて測定を行うのが理想的である。しかしながら、数kHzの繰り返し入射するプローブ光のスペクトルを全て取得できるような、高速度取り込みに対応した検出器は特殊なものとなり、非常に高価である。今回我々は、市販のフォトダイオードアレイを部品として購入し、これの各素子からのパルス応答信号を全て同期取り込みして、吸収スペクトル変化の測定を行うことを試みた。システム構成としては、同時サンプリングマルチファンクションDAQのPXIモジュールを多数枚使用する形式を採用した。計測器の制御および結果の解析プログラムの作成には、短期間でのプログラム開発が可能で、効率的なインタフェースが整備されているLabVIEW言語を用いた。

 

3. ソリューション


3-1. システム構成

 

 本システムでは、同期取り込みを行うために、同時サンプリングマルチファンクションDAQモジュールPXI-6143を採用した。PXI-6143は16ビットの垂直分解能、チャンネルあたり最大250 kS/秒のサンプリングレート、および8つの入力チャンネルを持つ低コストなモジュールであり、これを9枚使用することで、合計72チャンネルの入力信号の同時取得が可能となった。端子台TB-2706を介してフォトダイオードアレイの各素子に接続されたモジュールは、9枚全てがシャーシPXI-1044に格納されており、インターフェースボードPXI-PCIe8361を介して外部に接続したPCから制御される(図1)。

 

 白色プローブ光は、パルス光源と同じ1kHzの繰り返しで試料に入射するが、ポンプ光は光チョッパーを用いて、これを分周した500Hzの繰り返しになるように間引かれた後に試料に入射する。各モジュールのトリガ端子には、この500Hzの同期信号を入力し、ポンプ光有りの場合と無しの場合の透過プローブ光の時系列データ一組を、同時に取り込んでいる。フォトダイオードアレイの各素子に繋がる各チャンネルの集録信号は、リアルタイムにPC上のソフトウェア画面に表示される。そして、各チャンネルからの時系列信号から、ポンプ光の有り無し各場合の透過スペクトルを合成し、これらのスペクトルの差分を吸収スペクトル変化として記録する。必要に応じてこの差分の積算回数を増やすことで、信号対雑音比を上げることが出来る。ポンプ・プローブ測定用の光学系においては、光学遅延ステージを使用してポンプ光の光路長を変化させることで、ポンプ光とプローブ光の試料への到達時間を変えている。最終的なシステム構成を図2に示す。

 

 ユーザインタフェースとしては、各チャンネルの時系列データと吸収スペクトル変化をフロントパネル上に表示させ、これらをタグ制御器で切り替えられるようにしている。そして、ポンプ光側の光学遅延ステージの移動に連動して吸収スペクトル変化を取得することで、吸収スペクトル変化の遅延時間依存性が、等高線表示の形で見られるようになっている(図3)。

 

3-2. 結果

 
 吸収スペクトル変化の時間発展を示すデータは、同じくLabVIEWプラットフォームで作成した解析用のプログラムを用いて、その各波長位置での信号強度の時間発展や各遅延時間位置でのスペクトル形状を抽出し解析される。本測定系では、白色プローブ光のスペクトル幅と検出器の帯域による制限の元で、450~1100nmの波長領域が、光源のパルス幅(100フェムト秒台)程度の高い時間分解能で測定可能となっている。例として、Fe-Coシアノ錯体の薄膜試料の過渡吸収スペクトルを測定した結果を、LabVIEWの3次元グラフ表示で描いたものを図4に示す。この場合、吸収スペクトル変化を6ピコ秒刻みで110枚測定しており、高いS/N 比(吸収変化として⊿OD<0.001)を得るために、各遅延時間位置で5,000回積算しているにもかかわらず、計測に要した時間は30分程度であった。現在、このような繰り返しパルス列に同期してスペクトル取得を行う過渡吸収分光システムは、数社が製品化して販売を行っているが、これらは非常に高価(千万円台)なものとなっている。本測定系は、同時取り込み可能なPXIモジュール複数枚とフォトダイオードアレイ検出器を接続した形で構成することで、これらに比べ大幅に安価に構築することが出来た。