- 独立行政法人情報通信研究機構(NICT) 経営企画部 企画戦略室 プランニングマネージャー/工学博士 滝沢 賢一氏、, 株式会社ドルフィンシステム 取締役 福島 幹雄氏
無人飛行機の制御回線に使用する無線規格の策定に向けて、飛行機と地上局の間、飛行機と飛行機の間で電波の伝搬特性を評価する。その評価には、複数本のアンテナに対応する受信系が必要になるうえに、正確なタイミングで送信側と受信側の同期をとる必要があった。しかし、実験に使用するのは小型のプロペラ機であり、それに搭載する受信側のシステムには、サイズ、重量、消費電力などの面で大きな制約があった。
NIのPXIプラットフォームをベースとして、小型/軽量/低消費電力という要件を満たした受信側システムを構築する。受信信号のサンプリングと記録には、ベクトル信号トランシーバとRAID対応のストレージモジュールを使用する。4本のアンテナからの信号は、RFスイッチによって切り替えることで、1台のベクトル信号トランシーバで測定できるようにする。RFスイッチの制御、送信側と受信側の同期には、GPS信号受信ユニットを利用する。
2012年に開催された世界無線通信会議(WRC-2012)において、無人飛行機の制御に使用する周波数帯に関する勧告が決議された。ここで言う無人飛行機とは、パイロットが機上にて操縦するのではなく、地上からの無線回線を経て飛行を操縦するというものである。こうした無人飛行機は以前から海洋生物の観察などに使われていたが、現在はより多くの応用例が検討されており、高い注目を集めている状況にある。
例えば、米国ではパイロットが不足しているという状況を受けて貨物輸送機の無人化が検討されている。また、日本国内では、2011年3月に発生した東日本大震災を契機として、災害対応を目的とした無人飛行機を利用したアプリケーションに注目が集まっている。例えば、無人飛行機によって被災地域のモニタリングを行い、画像や映像によって情報を取得するといった用途である。また、2013年3月には、情報通信研究機構(NICT)が、小型の無人飛行機を活用した“無線中継システム”を開発したと発表している。これは、大規模災害が発生した際、周囲から孤立した被災地域との間で通信を行えるようにするために、無人飛行機を中継局として活用しようというものである。
こうした動きが加速する一方で、従来は無人飛行機の制御回線で使用される無線通信仕様には、国際的に標準化された規格などは存在していなかった。現在は、WRC-12において、制御回線に使用する無線周波数帯として5030 MHz~5091 MHzが勧告されたということである。
WRC-12の勧告を受けて、日本国内でも無人飛行機システムにおける制御回線の無線通信仕様に関する議論が進められつつある。WRC-12で決まったのは5030 MHz~5091 MHzという周波数帯の割り当てだけだ。実際に無人飛行機システムの制御回線を実装するためには、どのような技術基準を定める必要があるのかということから明確にしなければならない。例えば、送信出力としてはどのくらいの数値を許容するのか、通信帯域幅はどうするのか、通信方式にはどのようなものを使用するのかといったことである。そうした決定を下すためには、まず、無人飛行機とその制御を担う地上局との間で電波をやりとりしたときに、どのような伝搬特性が得られるのかということを調べなければならない。そこで、総務省における研究開発を受託して、2014年初頭にNICTが実際に電波伝搬特性の測定を行うことになった。その測定結果を基に、どのような通信方式を使用すると、どのくらいの接続率で無人飛行機と通信が行えるかといった情報を提供することがNICTの役割だ。
無人飛行機システムでは、地上局から無線で制御用コマンドを送信する。一方、飛行機側からは安全に飛行するために必要な機体に関する情報などを地上局にフィードバックする。機体に関する情報には、飛行速度や飛行方向、プロペラの回転数、バッテリ駆動の場合にはその残量といった情報である。これらの情報をもとにして地上にて操縦を行うことから、無人飛行機の制御回線に使用する無線通信には、高い信頼性が必要になる。高い信頼性を実現できる無線通信方式の仕様を決定する際には、基礎データとなる電波伝搬特性を測定することが非常に重要な意味を持つのである。
電波伝搬特性の測定は、地上局と飛行機(基本的な実験の段階なので小型有人飛行機を使用)の間、飛行機と飛行機の間(無線中継システムのような用途に対応)で行う。主な測定項目は3つである。いちばん重要なのは、どのくらい距離が離れると、電波の強度がどのくらいになるのかということだ。2つ目の測定項目は、反射波についてである。すなわち、山や建造物で反射した電波がどのくらいの強度になり、どのくらいの時間継続するのかということを調査する。3つ目は、飛行機の姿勢角による受信信号強度への影響の評価である。
想定していた評価系は簡単に言えば図1のようなものになる。まず送信側となる1機の飛行機に試験用の信号を発生するベクトル信号発生器(VSG)を搭載する。一方、受信側となる地上局ともう1機の飛行機にはベクトル信号アナライザ(VSA)を搭載し、サンプリングしたデータ(I/Qデータ)を連続的にストレージ装置に記録していくというものである(実際のアプリケーションでは、操縦に限れば地上局が送信側、飛行機が受信側となるが、対称性が成り立つのでこのような評価系で問題はない)。しかし、飛行機を使用するという条件によってシステム構築の難易度が非常に高くなった。特に、試験用の信号を発生するだけでよい送信側とは異なり、飛行機に設置する受信側の測定システムに対する要件が非常に厳しいものとなったのである。
まず、受信側のシステムは飛行機に搭載できる大きさでなければならない。使用する飛行機は2人乗りの小型プロペラ機(写真1)であり、測定システムのサイズは1人分の座席スペースに収まるようにしなければならなかった。重量と消費電力についても、同様に大きな制約があった。
また、機体による電波の遮断の影響を抑えるために、左右の翼の両方にアンテナを設置する必要があった。加えて、反射波の偏波分極成分を測定するために、受信側では水平偏波/垂直偏波それぞれに対応する2本のアンテナを使用しなければならなかった。つまり、左右の翼に2本ずつ、計4本のアンテナを使用するということである(写真2)。これに対応して4台のVSAを使用するというのは、サイズ/重量/消費電力の制約に大きく反するし、コストも大幅にかさんでしまう。そこで、各アンテナからの受信信号を1台のVSAで順次サンプリングできるような構成をとらなければならなかった。
加えて、RFスイッチを正確なタイミングで切り替えるとともに、送信側と受信側の同期をとる必要もあった。
さらに、飛行機には測定作業用の人員が乗るスペースは残されていないので、パイロットでも実行可能な必要最小限の操作だけで測定が行えるようにしなければならなかった。
このような条件下で、測定システムの開発は短期間で完了させなければならないことも言うまでもない。こうした数多くの課題のすべてを解決できるソリューションが必要だったのである。
上述したような課題を解決できるソリューションとして、われわれはナショナルインスツルメンツ(NI)のPXI製品を選択した。各種PXI製品を使用して、受信側は図2のような構成で実現した。その中心にあるのは、VSAとして使用するベクトル信号トランシーバ(VST)である。4本のアンテナからの信号は、RFスイッチによって切り替えてVSTで順次サンプリングする。その切り替えを正確なタイミングで行うため、また送信側との同期をとるために、GPS信号受信ユニットを使用している。VSTでサンプリングしたデータはRAID(Redundant Arrays of Independent Disks)対応のデータストレージモジュールに連続して記録するという仕組みだ。
シャーシ:PXIシャーシ(PXIe-1075)
コントローラ:PXIコントローラ(PXIe-2543)
SW: 6.6 GHzのRFスイッチ(PXIe-2543)
VST:6.6 GHzのベクトル信号トランシーバ(PXIe-5644R)
RAID:RAID対応のデータストレージ(NI 8260)
GPS:GPS信号受信ユニット(PXI-6682H)
BPF:バンドパスフィルタ
LNA:低ノイズアンプ
図2. 受信側システムの構成
サイズなどの問題はさておき、機能面に限って言えば、おそらく従来のようにボックス型計測器などを組み合わせることでもシステムを構成することは可能だろう。ただ、NIのソリューションを採用するか否かによって、開発の難易度の面で極めて大きな差が生まれる。NIのソリューションを採用した場合のいちばんのポイントは、旧来の手法と比べて“仕事のやり方が別次元のものになる”ところだ。その意味は以下のとおりである。
従来のように、ボックス型計測器をベースとし、RFスイッチやGPS受信機を組み合わせてシステムを構築するというのは、RF分野ならではの煩雑さを伴うハードウェア開発に近いイメージの作業になる。「本当に実現できるのか?」というところから始まり、製品の選択にあたっても多くの知識が必要になる。結果として、必要なものは独自に開発するという結論になることも少なくない。そうすると、FPGAを搭載するボードやRFブロックを一から設計することになり、すぐに1年がかりのレベルのプロジェクトになってしまう。しかも何かしらの変更が必要になれば、数ヶ月単位でさらに開発期間が延びることを覚悟しなければならない。
一方、NIの製品を使う場合、ハードウェアについてはPXIシャーシにモジュールを差し込むだけであり、ソフトウェアの開発が主な作業になる。しかも、その作業にはグラフィカルシステム開発ツールであるLabVIEWを使用できる。極端に言えば、PC上でクリック操作を実行するだけですべての作業が完了するということだ。実際、今回の測定システムはわずか2.5週間ほどで完成させることができた。
NIのソリューションは、すべての要件を満足することができる唯一のものだった。上述した構成により、小型プロペラ機に搭載可能なサイズ/重さ/消費電力で受信側のシステムを構築することができた(写真3)。また、SSD(Solid State Drive)ベースの大容量ストレージモジュールを採用したことから、振動などの影響を受けることなく、70分以上にわたりデータを連続して記録することが可能になった。
操作性についても、パイロットに負担をかけることのないよう、「Start」、「Stop」の2つのボタンで測定が行えるようにすることができた(画面1)。何らかの問題が生じたときには、「Restart」ボタンを押すだけでよい
実験は米国ハワイで実施し、予定していたすべての項目の測定を完了することができた。その内容は、定められた期限内に報告書のかたちで総務省に提出することができた。
本事例のような測定を行うことにより、さまざまな条件の下で電波がどのように伝搬するのかを示すサンプルが多数集まる。それを基に、飛行高度、機体の姿勢角、距離をパラメータとして統計的なモデルを作成することができる。これは、従来から移動体通信システムや有人航空機用のテレメータ向けの通信方式を設計する際に使われてきた一般的な手法だ。一方で、本事例の測定手法によってもう一つ新たなアプローチが生み出される可能性がある。それは次のようなものである。
NIの製品を使って構築したこのシステムでは、受信信号の強度や反射の情報を連続して記録することができた。GPSによって時間の管理も正確に行っているので、どこを飛んでいるときにどのような状況だったのかということが非常に高い分解能で把握できている。これらの情報と地形の条件とを組み合わせてシミュレータを構築すれば、より高い信頼性で検証/評価が行えるようになる。このような展開をにらんで、今後は本事例のように連続記録が可能な評価システムが標準的に使われるようになるのではないだろうか。
またVSTは、VSGとVSAの機能を併せ持つことに加え、ユーザがプログラム可能なFPGAボードを搭載している。現段階ではVSAの機能しか使用していないが、今後の展開を考えるとVSTを選択したことが大きなメリットになる。伝搬特性の測定に続いては、通信方式はどうあるべきなのかということを考えていく必要がある。その際、何らかの通信方式にのっとった信号を送信し、受信側ではVSTのFPGAによってデータ処理を行うことで、どのような状態で信号が送られてきているのかをリアルタイムに把握できるようになる。これは非常に魅力的なことだ。さらに送信機能も組み合わせれば、チャンネルエミュレータを構築するといったことも可能だろう。
そのような展開を考えたとき、NIのPXIプラットフォームを選択していることが大きなメリットになる。ハードウェアについてはモジュールを差し替えるだけで済むし、ソフトウェアもLabVIEWによって容易に開発できる。必要に応じて容易に変更に対応できる点が、NIのプラットフォームの大きな魅力だと言える。
独立行政法人情報通信研究機構(NICT) 経営企画部 企画戦略室 プランニングマネージャー/工学博士 滝沢 賢一氏、
株式会社ドルフィンシステム 取締役 福島 幹雄氏