SPring-8​偏光​制御​アンジュレータ​用​電磁石​型​移​相​器​の​ため​の​フリップ​コイル​直流​積分​磁場​測定​システム

"LabVIEW​による​視覚​的​な​プログラミング​と​豊富​な​関数​の​おかげ​で、​テスト​内容​に​合わせ​た​制御​プログラム​を​容易​に​作成​する​こと​が​でき​た。" ​

- 伊藤 功 氏, 東京​大学​物性​研究所 軌道​放射​物性​研究​施設

課題:

以下​の​条件​を​満​た​した​フリップ​コイル​直流​積分​磁場​測定​システム​を​構築​する。 ​ ​限り​なく​ゼ​ロ​に​近い​積分​磁場​を​発生​させる​ため​に、​十分​な​精度​で​安定​に​再現​性​よく​電流​を​制御​できる​(目安​として​1mA​以下)。 ​限り​なく​ゼ​ロ​に​近い​積分​磁場​を​計測​する​ため​に、​十分​な​分解能​を​持​っ​た​データ​収録​を​行える​(目安​として​10G・​cm​以下)。 ​フリップ​コイル​を​回転​さ​せ​ながら​誘導​電圧​を​測定​する​ため​に、​ステ​ッ​ピン​グ​モーター​の​回転​制御​と​積分​磁場​の​測定​の​間​に​は​同期​性​と​確定​性​が​ある。 ​テスト​内容​に​合わせ​て​ユーザー​自身​が​制御​プログラム​を​作る​こと​が​できる。

ソリューション:

上記​課題​を​満たす​スペック​を​備える​NI​製品​を​採用​した​こと​により、​解決。 ​ ​300μV​の​分解能​で​アナログ​出力​を​実現​できる、​電圧​出力​モジュール、​NI PXI-6733 ​16bit​の​ADC​を​持ち、​最小​±1.25V​の​ダイナミック​レンジ​で​計測​が​可能​(分解能​は​2.5V/​216=40μV)​な​DAQ​デバイス、​NI PXI-6123 ​リアルタイム​OS​を​備え、​μ​秒​レベル​の​時間​確定​性​で​実行​可能​な​組​込​コントローラ、​NI PXI-8106 ​ユーザ​自身​で​測定​システム​を​プログラム​できる​グラフィカル​開発​ソフトウェア、​NI LabVIEW

作成​者:

伊藤 功 氏 - 東京​大学​物性​研究所 軌道​放射​物性​研究​施設
​Mr. Ito Isao - Synchrotron Radiation Laboratory, Institute of Solid State Physics, University of Tokyo

 

1. 背景
​東京​大学​では​最先端​の​物質​科学​用​高​輝度​軟​X​線​ビーム​ライン​を​大型​放射光​施設​SPring-8​に​建設​し、​今年度​から​ユーザー​運転​を​開始​し​て​いる。​図​1​は​物質​科学​用​高​輝度​軟​X​線​ビーム​ライン​の​全体​図​で​ある。​この​ビーム​ライン​に​は​放射光​の​偏光​を​切り替える​こと​が​できる​偏光​制御​アンジュレータ​(Polarization-​Controlled Undulator)​が​採用​さ​れ​て​いる。​図​2​に​偏光​制御​アンジュレータ​の​原理​図​を​示す。​アンジュレータ​と​は​加速器​中​を​周回​する​電子​ビーム​を​蛇行​さ​せ​て​高​輝度​の​放射光​を​発生​させる​装置​で​ある。​偏光​制御​アンジュレータ​に​は、​水平​偏光​の​放射光​を​発生​させる​アンジュレータ​4​台​と、​垂直​偏光​の​放射光​を​発生​させる​アンジュレータ​4​台が交互に配置され、​その間​に​偏光​を​切り替える​電磁石​タイプ​の​移​相​器​(Phase Shifter)​が​設置​さ​れ​て​いる。​移​相​器​は​3​つ​の​偏向​電磁石​を​磁極​が​交互​に​反転​する​よう​に​並​べた​電磁石​で​ある。​移​相​器​を​励磁​すると​磁場​の​方向​が​周期​的​に​交互​に​入れ​替​わっ​た​交番​磁場​が​発生​する。​電子​ビーム​が​移​相​器​の​交番​磁場​を​通過​すると​バンプ​軌道​を​描く。​この​バンプ​軌道​により​水平・​垂直​偏光​アンジュレータ​から​の​放射光​の​位​相差​が​生じる。​この​位​相差​を​制御​し​て​水平​偏光​と​垂直​偏光​を​重ね​合わせる​こと​で​偏光​制御​アンジュレータ​から​直線​偏光​や​左右​円​偏光​を​発生​させる​こと​が​できる。

図​1. 物質​科学​用​高​輝度​軟​X​線​ビーム​ライン​の​全体図

 

 

偏光​制御​アンジュレータ​で​高​品質​の​放射光​を​発生​させる​ため​に​は、​移​相​器​に​以下​の​条件​が​要求​さ​れる。

(1) 磁場​の​変動​によって、​アンジュレータ​から​の​放射光​の​品質​を​劣化​さ​せ​たり、​全体​の​電子​ビーム​の​軌道​に​歪み​や​変動​を​与える​こと​が​ない​よう​に、​移​相​器​の​磁場​が​常時​安定​に​再現​性​よく​出力​できる。


​(2) バンプ​軌道​の​前後​で​電子​ビーム​の​軌道​が​大​きく​ずれ​ない​よう​に、​移​相​器​を​通過​する​間​に​電子​ビーム​が​被る​磁場​が​可能​な​限り​正味​ゼ​ロ​に​なる。​言い換え​れ​ば​移​相​器​の​入口​から​出口​まで​の​磁場​の​積分​量​(積分​磁場​[G・​cm])​が​可能​な​限り​ゼ​ロ​に​なる。

 

我々​は​これまで​移​相​器​の​設計・​製作​を​行​って​きた。​図​3​に​移​相​器​の​プロトタイプ​を​示す。​この​移​相​器​に対して​上記​(1)​(2)​に関する​性能​評価​を​行なう​ため、​直流​磁場​測定​を​行​って​きた。​測定​は​ホールプローブ​と​3​次元ムーバで構成された直流磁場測定システムで行なった。​図​4​に​測定​システム​の​概略​図​を​示す。​この​測定​システム​は​3​次元​ムーバ​により​ホールプローブ​を​移​相​器​中​へ​少し​ずつ​入れ​てい​き​ながら​磁場​分布​を​計り、​移動​距離​の​積分​を​行なう。​この​測定​システム​では、​(1)​の​磁場​の​安定性・​再現性を評価するのに移相器中の一点のみの値を測定することしかできず、​移​相​器​を​横断​する​電子​ビーム​へ​の​影響​を​評価​する​に​は​不十分​で​あっ​た。​さらに、​(2)​の​積分​磁場​を​計測​する​の​に​移​相​器​の​入口​から​出口​まで​ホールプローブ​を​少し​ずつ​動​かし​ながら​直流​磁場​分布​を​測定​する​ため、​測定​に​1​時間​程度​の​時間​が​かかり、​電源や計測器の温度変動の影響を無視できなかった。​そこで短時間で精度よく直流積分磁場が測定できるフリップコイル直流積分磁場測定システムの開発が必要になった。

 

 

2. 課題
​フリップ​コイル​直流​積分​磁場​測定​システム​に​は​以下​の​条件​が​課​さ​れる。

(A) 限り​なく​ゼ​ロ​に​近い​積分​磁場​を​発生​させる​ため​に、​十分​な​精度​で​安定​に​再現​性​よく​電流​を​制御​できる​(目安​として​1mA​以下)。
​(B) 限り​なく​ゼ​ロ​に​近い​積分​磁場​を​計測​する​ため​に、​十分​な​分解能​を​持​っ​た​データ​集録​を​行える​(目安​として​10G・​cm​以下)。
​(C) フリップ​コイル​を​回転​さ​せ​ながら​誘導​電圧​を​測定​する​ため​に、​ステ​ッ​ピン​グ​モーター​の​回転​制御​と​積分​磁場​の​測定​の​間​に​は​同期​性​と​確定​性​が​ある。
​(D) テスト​内容​に​合わせ​て​ユーザー​自身​が​制御​プログラム​を​作る​こと​が​できる。

これらの​条件​を​念頭​において​機器​選定​を​行​っ​た​結果、​我々​は​ナショナル​イン​ス​ツル​メンツ​の​LabVIEW Real Time​モジュール​と​PXI​システム​で​診断​システム​を​構成​する​ことに​決め​た。

 

3. ソリューション
​3.1. システム​構成
​図​6​に​フリップ​コイル​直流​積分​磁場​測定​システム​の​外観​と​ブロック​図​を​示す。

 

フリップ​コイル​は​長​さ​600mm、​幅​5mm​の​ガラ​スエ​ポ​キシ​製​の​ボビン​に​径​0.2mm​の​銅線​を​10​回​巻き​に​した​もの​で​ある。​コイル​の​回転​に​は​ステ​ッ​ピン​グ​モーター (オリエンタル​製​RK566BE)​を​使用​する。​回転​速度​は​180​度/​0.5〜​1​秒​で​ある。​コイル​の​回転​角度​は​インク​リ​メンタル​エンコーダ​(オム​ロン​製​E6B2-​CWZ6C)​で​計測​する。

 


フリップ​コイル​の​制御​システム​は​National Instruments​の​DAQ​デバイス (PXI-6123, PXI-6221)​と​電圧​出力​モジュール​(PXI-6733)、​モーション​コントローラ​(PXI-7330)、​組込み​コントローラ​(PXI-8106)​で​構成​さ​れ​てい​て、​これら​は​LabVIEW Real Time​モジュールで作った​VI​で​制御​する。​制御​の​手順​として​は、​まず​電圧​出力​モジュール​から​電源​に​外部​参照​信号​を​送る。​電源​は​外部​参照​信号​に​応​じ​た​電流​を​移​相​器​に​流す。​移​相​器​に​流す​電流​は​1​秒間​で​0.1A​ずつ​の​ランプ​制御​で​上げ下げ​を​行う。​直流​電流​によって​移​相​器​が​励磁​さ​れ​たら、​モーションコントローラでフリップコイルを回転させ、​フリップ​コイル​の​回転​角度​(エンコーダ​の​信号)​と​移​相​器​の​直流​磁場​(フリップ​コイル​の​誘導​電圧)​を​各々​2​つ​の​DAQ​デバイス​で​同期​(20MHz)​を​取り​ながら​計測​する。​フリップ​コイル​の​誘導​電圧​は​微弱​なので、​低​ノイズプリアンプ​で​増幅​し​て​計測​する。​計測​した​誘導​電圧​は​(a)​(b)​式​で​積分​磁場​に​変換​さ​れる。​以上​の​制御​の​手順​は​リアルタイム​OS​上​で​実行​さ​れる。​図​7​に​フリップ​コイル​制御​VI ”Control Flip Coil.vi”の​フロント​パネル​を​示す。

 

3.2​結果
​(1)​診断​システム​が​上記​課題​(A)​(B)​(C)​(D)​を​どの​よう​に​解決​した​のか
​電流​を​制御​する​電圧​出力​モジュール​PXI-6733​は​300μV​の​分解能​で​アナログ​出力​を​実現​できる​ため、​この​アナログ​出力​を​電源​の​外部​参照​信号​端子​に​入力​すると、​移​相​器​に​流れる​電流​を​300μA​の​精度​で​制御​できる。​以上​より​用件​(A)​は​十分​に​満​た​さ​れる。
​DAQ​デバイス​PXI-6123​は​16bit​の​ADC​を​持ち、​最小​±1.25V​の​ダイナミック​レンジ​で​計測​が​可能​で​あり、​よって​分解能​は​2.5V/​216=40μV​で​ある。​この​データ​収録​ボード​と​ゲイ​ン​100​の​低​ノイズプリアンプ​を​併用​する​こと​で​40uV/​100=0.4μV​の​分解能​を​実現​できる。​0.4μV​の​分解能​を​(b)​式​を​用​い​て​積分​磁場​に​変換​すると​2G・​cm​に​なり、​十分​な​精度​で​ある。​以上​より​用件​(B)​は​十分​に​満​た​さ​れる。



​電圧​出力​モジュール​と​DAQ​デバイス​は​同一​の​クロック​(20MHz)​を​使用​し​て​いる​ため、​移​相​器​の​電源​と​積分​磁場​の​計測​を​50ns​の​精度​で​同期​できる。​さらに​組込み​コントローラ​PXI-8106​の​OS​は​リアルタイム​OS​で​ある​ため、​制御​プログラム​は​割り込み​など​で​中断​さ​れる​こと​は​なく、​さらに​μ​秒​レベル​の​時間​確定​性​で​実行​さ​れる。​以上​より​用件​(C)​は​十分​に​満​た​さ​れる。



​LabVIEW​による​視覚​的​な​プログラミング​と​豊富​な​関数​の​おかげ​で、​テスト​内容​に​合わせ​た​制御​プログラム​を​容易​に​作成​する​こと​が​でき​た。​例えば、​フリップ​コイル​の​回転​制御​と​エンコーダ・​コイル​電圧​の​測定​の​同期​を​とる​必要​が​あっ​た​が、​DAQmx​関数​と​エラー​配線​により​モーション​コントローラ​と​2​枚​の​DAQ​デバイス​の​同期​を​容易​に​でき​た。​さらに​移​相​器​に​電流​を​流す​場合、​一定​時間​間隔​で​電流​を​上げる​ランプ​制御​を​する​必要​が​あっ​た​が、​LabVIEW​により​ランプ​制御​プログラム​を​容易​に​つくる​こと​が​でき​た。​以上​より​用件​(D)​は​十分​に​満​た​さ​れる。

 

(2)​導入​効果​について
 図​8​左​は​移​相​器​の​中央​の​電磁石​B​のみ​で​約​640G​の​直流​積分​磁場​を​発生​さ​せ​た​ときの​フリップ​コイル​の​誘導​電圧​で​ある。​フリップ​コイル​は​180​度/​0.8​秒​の​速度​で、​反時計回りに回転させた。​図​8​右​は​誘導​電圧​を​回転​時間​で​積分​した​もの​で​ある。​この​測定​を​5​回​繰り返し​て​平均​値​と​標準偏差​を​求め​た​結果、​0.12230±0.00004V・​sec​となった。​N=10、​W=5.2mm​で​ある​から、​(1)​式​より​直流​積分​磁場​は​10888±4G・​cm​と​なる。

 

 以上​より、​LabVIEW​と​PXI​システム​で​構築​した​フリップ​コイル​直流​積分​磁場​測定​システム​は、​0.3mA​の​精度​の​電流​ランプ​制御​と、​2G・​cm​の​分解能​の​積分​磁場​測定​を​実現​し、​これまで​1​時間​程度​か​かって​い​た​移​相​器​の​直流​積分​磁場​測定​を​1​秒以内で行うことを可能となった。​この​フリップ​コイル​直流​積分​磁場​測定​システム​によって​現実​に​即​した​安定性・​再現​性​の​評価​試験​が​期待​できる。

図​1. ​ ​物質​科学​用​高​輝度​軟​X​線​ビーム​ライン​の​全体​図 ​
図​2. ​ ​偏光​制御​アンジュレータ​の​原理 ​
図​3. ​ ​移​相​器​の​プロトタイプ​の​外観​と​図面 ​
図​4. ​ ​ホールプローブ​と​3​次元​ムーバ​による​直流​積分​磁場​測定​システム ​
図​5. ​ ​図​5. フリップ​コイル​による​直流​積分​磁場​測定​の​原理 ​
図​6. ​ ​フリップ​コイル​直流​積分​磁場​測定​システム​の​外観​と​ブロック​図 ​
a.
b.
図​7. ​ ​フリップ​コイル​制御​VI ”Control Flip Coil.vi”の​フロント​パネル ​
図​8. ​ ​フリップ​コイル​の​誘導​電圧 ​