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機械学習異常検出システムLabVIEW構築、品質工学適用すること極めて的確良否判定可能に

鈴木 真人,

"システム開発するため環境としてLabVIEW採用したことで、GUIなどすべて機能わずか1週間ほど実現することできた。仮にほかプログラミング言語開発ツール選択ていしたら、おそらくここまでシステム完成させることできなかただろう。"

- 鈴木 真人,

課題:

何らかのモノから生じる音や振動などを監視することにより、そのモノに発生している異常を検出するための仕組みを構築する。それにより、設備で発生した異常の検出や、製品の検査、品質の分析などを行えるようにする。

ソリューション:

音や振動のデータを収集し、FFTを適用したうえで、その「重心」を算出する。さらに、その算出結果に品質工学のMT法を適用することで、異常が生じているか否かを判定する。このような一連の処理を実現するためのシステムを、LabVIEWによって構築する。

背景

製造設備などの故障や不具合は、ある時、突発的に発生するように感じられる。しかし、実際には、その設備の部品をはじめとする要素に質的な変化が生じ、ある閾値を超えた時点で、一気に不具合として顕在化するケースがほとんどだ。そうした質的な変化が徐々に進行する場合、その要素から生じる音や振動に微小な変化が現れることも少なくない。そのわずかな変化を捕捉し、故障や不具合が発生する前に部品の交換などの保守作業を行うことで、影響を最小限に抑えようという考え方がある。それが、いわゆる予知保全(Predictive Maintenance)である。

 

実際、音や振動を監視することにより、設備の異常を検出しようという試みは、従来から数多く行われている。しかし、異常の発生モードは多岐にわたり、表に現れる変化も画一的なものではない。そのため、「閾値を超える振幅(パワー)の音や振動が検出されたら異常が生じたと見なす」といった方法では、実用性に乏しいことが多い。あらゆる異常が音や振動の振幅の増大につながるとは限らないということである。また、必ず振幅の大きい信号が生じるとは限らないことから、閾値を適切に設定するのも難しくなる。さらに、閾値が不適切であることから、異常が検出されるタイミングが遅くなり、潜在的に品質に劣る製品が大量に生産されてしまうといったことも起こり得る。

 

単純に振幅を監視する方法ではうまくいかないことから、音や振動の周波数成分に注目が集まるケースも多い。音や振動の信号をサンプリングし、FFTによる周波数解析を活用することで異常を検出しようということである。確かに、FFTは、音や振動の振幅を監視することよりも、分析/解析の手段としては優れている。しかし、FFTを実施したとしても、周波数と振幅の対から成るデータが大量に得られるだけである。このことは、振幅を監視する方法が抱える課題が解消されるわけではないということを意味する。振幅を監視する場合と同様に、さまざまなモードで生じる異常によって、スペクトルにどのような変化が生じるのかわからないということだ。

 

これらの理由から、音や振動の監視をベースとする異常検出システムを実用的なレベルで完成させるには、多大な努力を要することになる。

 

課題 

当社(アマノ)も、音や振動を監視することで異常を検出しようと試みた経験を持つ企業の1つである。当社は、工場などで使用される集塵機を数多く製品化している。この種の製品が備えるフィルタが目詰まりすると、吸引性能が低下してしまう。そこで、当社は、そのような状態に陥る前に目詰まりを検出し、適切なタイミングでフィルタの交換をユーザーに提案できるようにする仕組みを構築したいと考えていた。つまりは、予知保全への対応を図りたかったということである。

 

筆者はそのための技術の開発に携わった。具体的には、集塵機のファンが発する音を監視することで、フィルタの目詰まりの度合いを判定できるのではないかと考えて取り組みを行った。このときは、結果的に別の方法で予知保全を実現したのだが、筆者はその後も音をベースとする異常検出の方法について個人的に検討を続けた。その結果、音の信号をサンプリングしてFFTを実行し、そのスペクトル図の「重心」を求める手法を考案した。ここで言う重心とは、周波数軸方向の座標と振幅軸方向の座標で表されるものである。2つの座標は、それぞれ以下の式で求めることができる。

 

各変数の意味は以下のとおりだ。
n:周波数スペクトルの個数(0 Hzは除く)
fi:0 Hzからi番目の周波数(周波数の分解能×i)
Li:i番目の周波数の強度(振幅、パワー)
S:0 Hzを除く全周波数成分の強度の総和

 

この重心という概念を導入した理由は次のようなことである。何らかの異常の兆候が現れた場合、FFTの結果であるスペクトル図にも変化が生じる可能性が高い。ただし、その変化は具体的にどのような形で現れるのかはわからない。例えば、音の主成分となる信号の振幅が増減したり、正常時には存在しない周波数成分が発生したり、ノイズ・フロアが上昇したりといった具合である。FFTの結果を直接的に監視したのでは、異常の兆候を的確に捕捉するのは難しいということだ。それに対し、重心に注目すれば、この問題を解消することができる。そもそも、FFTの結果は常にばらつきによって変動するものだが、正常な状態であるなら、その重心は常に特定の位置近辺に現れる。一方、音の発生源に何らかの変化が生じた場合、それがどのような種類の変化であっても、その変化の量がわずかであっても、重心は大きく離れた位置に現れる。そのため、容易に検知することが可能なのだ。

 

ただ、この重心を指標にするだけで、すべての問題を解決できるわけではない。正常な状態と比較して的確に閾値判定を実施するには、もう1つ工夫が必要だった。つまり、重心がどれだけ離れた位置にあれば異常だと見なすべきなのか、逆にどこまでなら正常の範囲内にある可能性が高いのか、確たる理論に基づいて判定できる手法が必要だったということだ。そこで導入したのが、品質工学で使用されるMT(マハラノビス‐タグチ)法である。

 

 

MT法とは、統計学者である田口玄一氏が考案した「物事の判別方法」のことだ。それには、まず正常な状態の情報を収集し、それを基に「均質な特性の群」を定義しておく。MT法では、この均質な特性の群のことを「単位空間」と呼ぶ。また、収集するデータについては、いくつかの「項目」が存在する可能性がある。FFTの重心の例で言えば、周波数軸方向の座標と振幅軸方向の座標の2つが項目に当たる。MT法では、項目ごとの平均と標準偏差、項目間の相関係数を基にして、「マハラノビス距離」という1次元の情報を算出する。これは、個々のデータが単位空間からどれだけ離れた位置にあるのかを表す指標である(図1)。このマハラノビス距離を閾値として使用すれば、新たに取得したデータ(実運用中の装置を監視して取得した音や振動のデータ)が、その単位空間に収まるものであるか否かを高い精度/信頼性で判定することができる(判定の確からしさは、設定した閾値に応じて統計的に決まる)。つまり、マハラノビス距離を指標として単位空間からどれだけ離れた位置にあるかを確認することにより、正常な状態なのか、異常が生じているのかを的確に切り分けられるということだ。なお、この手法では、複数の項目をマハラノビス距離という1次元の情報に集約して判定を行うわけだが、何が原因で問題が生じたのか(FFTスペクトルにどのような変化があったのか)を後から調べることも可能である。

 

このように、筆者は、FFTの重心を監視し、MT法を利用して良否判定を行うことによって異常を検出するシステム(以下、FFT-MTシステム)の理論を構築した。FFT-MTシステムで行う具体的な作業の流れは、以下のようになる

    1. 監視の対象物(各種装置の部品など)が正常に機能しているときに生じる音や振動の信号をサンプリングしてデータを取得する
    2. 取得したデータにFFTを適用し、重心の座標を求める
    3. 上記の処理を繰り返し実施し、重心の座標データを多数収集する。収集したデータを基に、単位空間を定義する
    4. 監視の対象物を実際に運用し、その際に生じる音や振動のデータを取得する。そのうえで、FFTの重心と、そのマハラノビス距離を順次計算する
    5. 得られたマハラノビス距離を、あらかじめ定めておいた閾値と比較し、正常であるか異常であるかの判定を行う

 

上記の流れで行っていることは、機械学習(マシンラーニング)をベースとした良否判定にほかならない。このFFT-MTシステムでは、FFTの重心という単純な情報と品質工学のMT法を連携させることで、良否判定に必要な演算量を非常に少なく抑えている。また、統計学をベースとする確率論に基づいて判定値を設定することが可能なので、正常な状態なのに異常であると判定してしまったり、異常な状態なのに正常であると判定してしまったり、という状況を最小限に抑えられる。さらに、非常に高い検出力を実現できる、単位空間の設計によって検出感度を制御できるといった特徴も併せ持つ。

 

 

ソリューション/ 効果

筆者は、FFT-MTシステムの理論を検証するためのシミュレータを開発することにした。そのシミュレータには、監視の対象物が発する音を模擬するものとして信号発生機能を用意する。方形波や三角波、のこぎり波などの基本波形、基本周波数、振幅、DCオフセット、ノイズの量などを設定し、正常な状態の信号と異常な状態の信号を発生するというものである。そのうえで、上記の(1)~(5)の作業を実施するための機能も用意する。各種設定はGUI(グラフィカルユーザインタフェース)によって行えるようにするとともに、FFT結果や、重心の位置、判定結果などは画面に表示する。このようなシミュレータを、ナショナルインスツルメンツ(NI)のグラフィカル開発プラットフォーム「NI LabVIEW」を使用して開発した(図2)。

 

テキストベースのプログラミング言語を使用する場合とは異なり、LabVIEWでは、直感的な操作によって部品を並べていくことでシステムを構築できる。このようなグラフィカルな開発手法を利用できることは大きな魅力だ。実際、GUIなども含めてわずか1週間ほどでFFT-MTシステムのシミュレータを開発することができた。このような短期開発を実現できたのは、LabVIEWが信号処理やGUIなどを実現するための数多くの機能モジュールを提供してくれたからだ。仮にほかのプログラミング言語や開発ツールを選択していたとしたら、おそらくここまでのシステムを完成させることはできなかっただろう。

 

 

このシミュレータによって、FFT-MTシステムの原理を検証することができた。また、信号収集用のハードウェアをシミュレータに接続し、実際に音や振動を監視するシステムも構築した(図3)。信号収集用のハードウェアとしては、任意の製品を選択することができる。もちろん、NI製のハードウェアを採用すれば、LabVIEWを使って、より高い開発生産性を得ることが可能である。また、FFT-MTシステムのアルゴリズムは少ない演算量で実現されている。そのため、オフラインで実行する必要はなく、PC上で実行することにより、ほぼリアルタイムで結果を得ることができる。このことから、予知保全のアプリケーションにも適用可能である。

 

 

音響製品出荷検査

ある企業が製造している音響製品の例である。その製品では、音質自体が製品の品質に直結する。従来は、実際に人が音を聞き、その良しあしを判別するという官能評価によって出荷検査(全数検査)を行っていた。官能評価の技能を身につけた検査員が数十人も必要になるため、この企業はその検査を自動化したいと考えていた。音質を扱うこともあり、FFTを利用した選別方法を検討していたのだが、適切な判定を行える仕組みを構築することができなかった。そこで、筆者はこの企業に対し、FFT-MTシステムを提案した。同システムを採用した結果、従来の方法で検査済みの多数のサンプルについて、良品は良品、不良品は不良品としてすべて判別できているという。なお、FFT-MTシステムは、製品の良否判定だけなく、原因の解析にも利用できる。連続的に不良品が発生した場合に、その原因になっている製造設備の特定に役立てるといったことも可能である。

 

 

回転機械出荷検査

回転機械を製造する企業の事例である。従来、この企業は、回転機械の出荷検査として回転数に応じて正しいトルクが得られるか否かといったことをチェックしていた。このような検査を行うには、相応の規模の装置が必要になる。この検査手法を代替するものとして、FFT-MTシステムが導入されつつある。良品を動作させたときに生じる音を収集して単位空間を作り、そこから外れるものを不良品として判定するということだ。これであれば、マイクロフォンを用意しておき、単純に回転動作をさせるだけで、非接触で判定が行える。重厚な検査装置は不要だし、テストにかかる時間も大幅に短縮することが可能だ。従来の検査方法は将来的には廃止する方向であり、現在は新旧の方法で検査を行った結果を比較している段階にある。比較の結果は、完璧だという。

 

 

旋盤機器予知保全

ある県の工業試験場では、旋盤加工によって生産する製品の表面粗さの悪化を加工中に把握する手段を模索していた。その目的は、製造に使用する刃物の劣化をなるべく早く検出して即座に交換することで、不良品が大量に生産されるのを防ぐことである。この例では、音ではなく、振動の監視を行うことで予知保全を実現した。切削動力計によって旋盤に生じるXYZ方向の振動を計測し、得られたデータを基にFFT-MTシステムで判定を実施する。製品の表面粗さがわずか3μm悪くなっただけでも、異常が発生したとして検出できているという。

 

 

プラスチック品質解析

プラスチック材に長時間にわたって力を掛け続けると、応力緩和という現象によって復元性やバネ性が劣化する。当社では、これに関する解析手法としてFFT-MTシステムを利用している。応力緩和を起こすと音や振動の伝達特性も変化するのではないかという仮説の下、FFT-MTシステムを使って検証を実施した。具体的には、プラスチック材にスピーカーを接触させ、チャープ信号を音響化して鳴動させる。スピーカーと反対の面には加速度ピックアップを取り付けて、振動のデータを収集する。まずはこの状態でFFT-MTシステムを使用し、振動に関する単位空間を定義した。続いて、高温環境下でプラスチック材に力をかけ続ける加速試験を行った。その後、FFT-MTシステムで振動のデータを取得すると、マハラノビス距離がかなり大きな値になることがわかった。つまり、応力緩和によって、新品の状態とは明らかに異なる伝達特性を示すようになったということである。この事例から、FFT-MTシステムは、非破壊検査の手法として利用できる可能性もあることがわかる。

 

今後展開

ここまでに説明したように、FFT-MTシステムを利用すれば、機械学習をベースとした予知保全を実現することができる。あるいは、製品の検査の手法としても使用できるし、品質の分析手法として活用することも可能である。FFT-MTシステムは、筆者の個人的な取り組みによって開発したものなので、適用可能な用途があれば、自由に活用してほしいと考えている。

 

産業分野では、ビッグ・データやIoT(Internet of Things)といった概念に大きな注目が集まっている。しかし、データを大量に収集したり、インターネットに接続する仕組みをデバイスに付加したりするだけでは成果を期待することはできない。収集したデータをどのように分析し、その結果を基に何をするのか。あるいは、インターネットに接続した機器からどのような情報を収集し、それらをどのように分析して、どのようなことをフィードバックするのか。こうしたことが重要なのだ。MT法はビッグ・データの分析にも非常に有効な手法だと言える。その分析結果を基に、判定、判別、診断、認識、予測といったことを行い、さらにその結果を基にして制御を実施するという流れを確立できたときこそ、ビッグ・データやIoTが本当の意味で花開くのではないだろうか。

 

著者情報:

鈴木 真人
Yokohama 222-8558
Japan
masato_suzuki2@amano.co.jp

【周波数軸方向の座標】
【振幅軸方向の座標】
図1. 単位空間とマハラノビス距離の関係
図2. FFT-MTシステムのシミュレータ
図3. 音を対象としたシステムの構成例